2009/12/29 (火)

キュベット : 200912 ポスドク問題の解決:後編 理工系教育の見直し

 

 生化学若い研究者の会キュベット委員会では,ポスドク問題についての考察をつづけている.前号では,バイオ系産業などの規模の小さい産業のニーズに対して博士号取得者が供給過剰であり,産業構造に応じた博士課程定員の調整 (数の調整) が必要であることを提案した.今号では,理工系教育の見直し (質の調整) について論じたい.

 

 バイオ系博士の就職難の原因のひとつとして,スキルが主要産業のニーズに合致していないという問題がある.バイオ系博士は分子生物学などの高度な専門性を持つ一方で,工業や化学,情報などの主要産業に通用するスキルをもっていないことが多い.これは,バイオ系ほどではないにしても,ほかの自然科学系の分野にもあてはまる問題であろう.このことから,理工系学生の工学,化学,情報などの理工系基礎学力を向上させることが必要であると考える.

 理工系基礎学力が高いとどのような利点があるのだろうか.企業研究者として活躍する場面を想像してほしい.企業で採用され,はじめは大学院やポスドク時代に学んだ専門に関係する部署に配属されたとしても,定年まで同じ部署にいるとはかぎらない.多くの場合,企業研究者にはその時代の技術展開に応じたスキルチェンジが求められる.つまり,企業研究者には高い専門能力も重要であるが,それ以上に,スキルチェンジにたえられる理工系人材としての汎用性の高さが必要なのである.このとき役に立つのが,学生時代に学んだ理工系基礎学力だ.ところが,とりわけバイオ系博士はそれらの知識が十分ではなく,スキルチェンジに対応することがむずかしい.このことが,企業から敬遠される原因のひとつとなっているようである.

 

 なぜ,バイオ系博士のスキルチェンジは困難なのか.たとえば,大学院進学の場面において,工学系や化学系,情報系を学んだ大学生がバイオ系の大学院に進学する例はよくあるが,バイオ系からほかの分野に進学する例は稀である.このことからも,バイオ系の学生のスキルチェンジが困難であることがうかがえる.工学の基礎である物理に注目しよう.バイオ系の学生は高校で物理を履修していない場合が多く,大学進学後も物理をほとんど学ばない.平成15年度の東京大学教養学部理科2類の1年生を例にあげると,高校で物理を未修の人向けの必修科目として,前期と後期にそれぞれ1回の物理の授業があるが,必修として課せられる分野は力学と電磁気学だけであり,波動や熱力学については選択科目でしかない.もともと物理を苦手とする学生が,選択科目でわざわざ物理を選ぶことは期待できない.結果として,たとえば”ドップラー効果”など,日常的な物理現象すら知らないバイオ系博士もめずらしくない.これは東京大学にかぎった話ではなく,ほかの大学でも枚挙にいとまがない.

 

 このような現状を鑑み,筆者らはつぎの提案をする.第1に,理工系の学部学科の垣根をとりはらって学部4年生までを教養課程とし,全ての学生に理工系基礎科目を必修科目として課す.これにより,高校卒業時に特定分野を選択しなければならない現状を是正し,幅広い知識をもつ理工系人材を育成することができる.第2に,専門課程を修士課程からとし,大学院入学試験を共通試験とする.これにより,大学院受験競争が過熱し,大学生は理工系基礎科目を”真面目に”勉強しなければならなくなる (同時に,これは学部受験競争を緩和する) .さらに,このことで,競争を勝ち抜いた大学院生の人材価値の向上が期待できる.もっとも,専門課程への進学時期を遅くすることは稀有な才能を埋没させてしまう懸念もあり,飛び級制度の積極的な拡大も必要と思われる.

 

 近年,学際領域研究や産学連携の事例が増え,異なる分野の人材交流がさかんになっている.ポスドク問題を解決するだけでなく,社会に求められる理工系人材を育てることが大切なのではないだろうか.ただし,民間や教育現場でできることには限界がある.理工系教育の改革には様々な摩擦や抵抗が予想されるが,真の科学技術立国をつくるために,政府の勇気ある采配を期待したい.

 

  • 平成21年度現在,”熱力学”については必修化している

 

生化学若い研究者の会キュベット委員会

E-mail:pne-cuvette@seikawakate.org










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