2007/9/28 (金)

キュベット : 200709 ポスドクとPIの任期制

 人材の流動化、これは研究業界でもすでに常識となった感がある。プロ野球選手のように年俸制を導入し、数年の雇用期間で研究機関をわたり歩いていく。米国で成功したこのモデルは、わが国でも10年ほど前から積極的に取り込まれてきた。しかし、行きすぎた人材の流動化は、研究の現場でさまざまな歪みを生んでいる。

 任期制研究者を数年ごとに一新することを理想とする考えがある。しかし、任期制の研究者には、ポスドクもいれば研究室主宰者(principal investigator ; PI)もいる。すべての任期制研究者を数年ごとに一新することは、はたして望ましいことなのだろうか。任期制が導入された意義と現実の運用のされ方について考えてみたい。

 まず、研究者の任期制を定義する。本稿では、つぎの3段階に分類してみた。第1段階として、若い研究者にはポスドクとよばれるポスト。これは、実際の肩書きは多様であり、ここでは任期制の助手や助教も同義であるとする。3~5年の年限が標準的で、再任されることは少なく、再任されたとしても数年が限度である。第2段階として、PI。任期制のPIは公的研究機関だけでなく、近年は大学でも増えてきた。5年程度の年限があるが、年限延長の審査を受けられる場合が多い。第3段階として、より上級で安定的なポスト。今回はこれについてはふれないので詳細は割愛する。

 ポスドクとPIとでは、業績を評価する尺度が顕著に違う。ポスドクは個人の業績が評価されるのに対し、PIは研究室の業績が評価される。当然のことながら、ポスドクには自分の名前の入った論文業績が求められるが、PIの場合は、研究室に所属する研究員の論文にPIの名前が入らないこともありえて、しかしそれでも、研究室全体のアクティビティーが高ければ、研究室をうまく運営しているとして評価される場合もあるのである。

 任期制のポストを数年で一新することは非常にきびしいことであり、研究業界で生き残ることは至難の業のようにも思える。しかし、ポスドクの場合、武者修行として複数の研究室で学び、また、次世代にもチャンスを広げるという意味においては理にかなっているので、これは任期制の望ましい一面といえるだろう。

 しかし、PIの場合はどうであろうか。PIと研究室のスタッフは運命共同体であるともいえ、PIの年限が延長されないということは、すなわち、研究室の解散を意味する。研究室には、年限半ばのポスドクもいれば、学位論文を準備中の学生もいる。また、任期制の補助スタッフを大勢雇用している研究室もあろうだろう。研究室が解散すれば、彼らも同時に職を失ってしまうのである。実際、研究室が解散(PIの出世にともなう転職や、不祥事、死亡などによる場合もある)して残されたスタッフが路頭に迷う場合もあり、スタッフの再雇用が大きな問題に発展している研究室もあるようだ。

 任期制研究者を数年ごとに一新することが望ましいかどうかは、ポスドクにおいてはともかく、PIにおいては望ましくないと筆者は考える。もちろん、PIに問題があればより優秀な若手に研究室を与えるべきだし、PIにも上級ポジションへの出世の機会が必要だ。したがって、任期制のPIの研究室はつねに問題を孕んでいるといえる。研究室の解散は最終手段であり、仮にそういう事態に陥ったならば、そのPIを選出した組織が責任をもって残されたスタッフの処遇に取り組む必要があるのではないだろうか。

 現在、任期制ポストは増えつづけている。しかし、すべてのポストがきびしい任期制を導入しつつも、ある程度のレベルに到達したらテニュア(終身雇用)に採用するなど、新たな精度が求められているのではないだろうか。また、PIのポストはポスドクに対して絶対的に少ない。ポスドクが他業種へ積極的にスピンオフ(ドロップアウトではなく)できるような転職支援も求められている。










© 2017 生化学若い研究者の会 all rights reserved.