2008/2/28 (木)

キュベット : 200802 若いときにこそ異分野交流を:「夏の学校」の意義と効用

蛋白質 核酸 酵素  Vol.53 No.2 (2008) P.195

 

“転職は異分野の人との弱いつながりを通じてみつかる”ことを示唆する情報理論がある。”弱いつながりの強み(The strength of weak ties)”とよばれるこの理論は、1973年、米国の社会科学者Granovetter(現 米国Stanford大学 教授)により提唱された。彼は、ホワイトカラーの労働者を対象に、”現職を得た情報源”と”現職の満足度”を調べた。その結果、弱い人脈から得情報をもとに転職した人々のほうが、ほかのグループの人々と比べて現職への満足度が高かったのである。なぜだろうか。強い人脈からの情報は既知である場合が多いのに対して、弱い人脈からは自分も気づかなかった情報が入りやすいからだ、とされる。無数にある職のなか、まだ視野の狭かった若いころに得た天職である可能性はさほど高くないであろう。

 

これは研究においても同様だと考えられる。生命科学はきわめて広大な分野であり、進学先の大学院を選ぶ時点でその全貌を把握することは不可能である。最初に与えられたテーマを進めていくうち、ふと平塞感をおぼえることもめずらしくない。違う分野に挑戦しようとする意欲が芽生えることもあろう。もしくは、もっと根本的なレベルで、自分は研究者にむいているのかと疑問をもつこともあろう。社会を俯瞰してみると、研究者が労働人口にしめる割合は100人中1人程度とわかる。残り99人の職に自分の適職があっても不思議はない。そう考えたとき、自分にあった研究分野や職の情報が入ってくるのは、研究室内という”強いつながり”からではなく、研究室外との”弱いつながり”からである。とこの理論は示唆しているのである。

 

 筆者が”生化学若い研究者の会 生命科学夏の学校”に参加したのは、より多様な研究分野にふれられると考えたからだった。”夏の学校”とは、昼間は著名な講師によるワークショップなどを通じて生命科学のさまざまな分野を通じて生命科学のさまざまな分野を勉強し、夜は参加者が飲み会を通して交流することを目的とした2泊3日のイベントである。大学院生を中心として学部生からPIまでが集うので、”弱いつながり”をつくるには最適と判断した。筆者は現在、自分がかかわっている構造生理学という研究分野に満足はしているが、ほかの分野と組み合わせればさらに発展するかもしれないと考えたのだ。実際に”夏の学校”に参加してみると、参加者の多様性は筆者の想像をこえていた。発生生物学や神経生理学をはじめ、免疫学、園芸学、精神医学にいたるまで、実にさまざまな分野の人が集まっていたのである。彼らがめざす職業も多様で、研究者のみならず、新聞記者や経営コンサルタント、投資銀行のトレーダーにまで及んでいた。そして、筆者は期待以上に目的をはたせたのである。

 

 ”夏の学校”は参加者どうしが交流しやすいように設計されている。単に酒を与えるだけでは会話は弾まない。なにか共通の話題がほしい。そこで、夕食後には自分の研究内容を解説しあう時間が設けられている。意欲の高い参加者が集まっているので、各人が自分の研究のおもしろさを熱弁する。質問が飛び交い議論が盛り上がるので、つい規定時間がすぎてしまう。”つづきは飲みながら”という言葉が自然にでてくるというしかけだ。なかには、朝5時まで語り明かしていた人たちもいたという。講師として招聘された研究者も同席しているので、先人の研究哲学にふれることもできる。ある大学院生は、諸国を渡り歩いたという講師の話に感化され、ポスドクになったら必ず新しい分野に挑戦すると言っていた。

 

 研究者をめざす若手の人たちには、”夏の学校”のような交流会に積極的に参加することをおすすめしたい。若い視野を研究室の壁でさえぎるのはもったいない。”弱くつながる”場は、創造の場でもある。若いからこそ気軽に交流できるのであり、若いからこそ自由に発想できる。園芸を生化学的に精神医学へ応用する人がでてくるかもしれないし、投資銀行に行った人は実験のリスクを証券化するかもしれない。

そんな心躍る将来像を描かせてくれる場である。交流会で得た”弱いつながり”の一部は、いずれ強くなるだろう。そのときには、異分野が融合して新しい分野ができたのかもしれない。そしてそれは、天職を得た証といえよう。

 

 

田中裕喜(京都大学大学院理学研究科)

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