2008/4/28 (月)

キュベット : 200804 ポスドク問題の困難さを考える

 

 博士号を得たのち大学などの研究機関に雇用されて研究を続ける者は通称”ポスドク”とよばれているが,文部科学省ではポスドクをつぎのように定義している.①大学などで研究業務に従事している者であって,教授・助教などの職にない者,②公的研究機関において研究業務に従事している者のうち,任期つき雇用であり,研究グループのリーダーなどでない者(http://www.nistep.go.jp/actiev/ftx/jpn/mat137j/pdt/mat137j1.pdfより一部要約).ここでは助教は除かれているが,いわゆる時限つきや”特任”と肩書きがつく助教ポストは増加しており,博士号取得後の就職不安が拡大しているといえる.しかし,こうした問題が”ポスドク問題”と称され各方面で認識されるようになったのは,ここ最近のことだ.

 

 使用者側からみれば,使い勝手のよい労働力として大学院生やポスドクは右肩あがりに増えていき,研究現場での生産性もあがった.ポスドクたちは,いつかはパーマネントのポジションで!という期待を抱きつつ,そして,教員たちの誘いに勇気づけられて,時限つきの不安定な身分に押し込められてきた.しかし,この問題は大学院重点化やポスドク1万人計画が実行されるまえから,すでに認識されていたのではないだろうか.もちろん,学生を指導する教員たちも気づいていただろう.

 これについての論点は2つある.ひとつは,ポスドク問題はポスドク個人の問題なのだから,ポスドク自身の意識改革とそれに根ざした個人レベルのキャリア開拓が重要だというもの.もうひとつは,ポスドク問題は社会・制度の問題なのだから,社会・制度レベルの改革が重要だというもの.どちらも重要な論点であり,一方のみを語るだけでこの議論が閉じるわけではない.そして,個人のレベルにせよ,その解決は困難である.個人の問題と社会・制度の問題の接点から両者の関係を論じる必要があるのではないだろうか.

 

 筆者はこのような危機感を抱き,昨年11月に掲載された”サイエンスアゴラ2007″において,ワークショップ「本音で語るポスドク問題」を企画・運営した.パネリストには三浦有紀子氏(当時 科学技術政策研究所),中島達雄氏(読売新聞東京本社)を招いた.講演ではポスドク問題を科学技術政策の歴史として概観し,さらに,世論としてどのように扱える問題なのかも分析した.参加者も自由に語りあえる場になるよう配慮したつもりだったが,残念ながら会場での若手の発現はおしなべて低調だった.

 このワークショップの成果と反省点は,今後,突き詰めていく予定であるが,ここに企画者としての私見・提言を述べてみたい.

●生命科学系では,研究職志望者に対して社会全体が用意できる人材受け入れの幅が小さい.しかし,高校生にはバイオサイエンスの人気は高く,私立大学ではバイオ学科の新設があいついでいる.この事実を高校生にも広く伝えるべきである.

●大学院の教育においては,専門性を深めることとともに,社会的な活動に参加できる機会を広げることや,専門性を発揮するためのコミュニケーション能力の錬成を重視すべきである.また,それができる環境に身をおけるような制度が必要だ.

●企業側にとって,高度な専門性をもつ人材を探し出すことの意義は高い.しかし,実際には博士号取得者は就職戦線で埋もれてしまっている.そのため,企業と博士号取得者がマッチングできるような組織を整備する必要がある.

●公共事業が失敗すれば行政は批判される.大学院重点化も莫大な税金を投入したという意味では公共事業のひとつである.行政は国民に事態を説明し,貴重な人材が無駄にならないようポスドクを社会に活かしていく責務を負っている.

 

 以上,これらの提言は暫定的なものでしかなく,解決策は,暗中模索の状態である.ポスドク問題に問題意識をもつ人は多くいるが,現状では有力な解決策はない.この問題をこれからも追いかけていきたい.

 

横山雅俊(NPO法人サイコムジャパン)

蛋白質 核酸 酵素 Vol.53 No.5(2008)










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