2009/5/29 (金)

キュベット : 200905 生化学若い研究者の会における“夏の学校”の役割

 

2008年12月、生化学若い研究者の会(生化若手)は創立50周年の記念行事を開催した(2008年4月号の本欄を参照)。そのなかで、多くのOB・OGの方から発せられた第一声は、”この会が50年もつづくとは思わなかった”というものだった。なぜ、生化若手は50年ものあいだ途切れることなく継続してこられたのだろうか。それには、”夏の学校”が非常に重要な役割をはたしていたと筆者は考えている。

 筆者が生化若手の運営に携わって約4年になるが、生化若手の課題は、端的には”組織の継続性”だといえる。これは生化若手に特有の課題というよりは、学生組織における一般的な課題ともいえるだろう。生化若手は学部生からポスドク、助教まで幅広い年代から構成されているが、その運営の中心は大学院生であり、運営スタッフとしての在籍期間は2~3年が平均である。組織内の人材に激しい流動性があるというのは学生組織の特徴であり、ゆえに、組織としての長期的なビジョンが描きにくく継続に支障を生じやすい。さらに、この課題をヒト・モノ・カネの観点からみてみると、ヒトに関しては上記のとおり、組織の構成員が数年単位で入れ替わってしまうという問題がある。また、モノに関しては、物理的な拠点が存在しないため、資料の蓄積がむずかしく過去の資料を参照できないという問題がある。そして、カネに関しては、非営利団体であるため、資本を増大して組織を拡大していくということがむずかしいという問題がある。これらの問題については、50年前からさして大きな変化はなかったはずである。にもかかわらず、生化若手が継続してこられた理由は、”夏の学校”という活動の軸を得たことにあるのではないだろうか。

 創立50周年の記念行事をとおして筆者がはじめて知りえたことは、夏の学校は、この50年のあいだ、そのスタイルをほとんど変えていないということである。寝食をともにして学び語り合う合宿形式はもちろん、生化学会や一般企業からの支援を得ながら若手が自主的に企画・運営する形式は、すでに第1回から実施されている。その年の夏の学校に参加した人のなかから、活動内容に共感した人が、スタッフとして翌年の夏の学校の企画・運営に携わり継続してきた結果なのである。同じものを1年後に再びつくりあげることによって、短期間で明確なビジョンを共有することができる。しかしながら、変わらないのはハードだけで、講義の内容などのソフトについては生命科学の進歩や若手をとりまく環境に応じて新しいものが取り入れられてきたため、くり返しによるマンネリ化は生じなかったのだろう。生化若手には”生命科学に携わる若手研究者の交流と環境改善”という大きな目的があり、夏の学校はその目的を達成するための活動のひとつにすぎない。しかし実際には、夏の学校を実施することで生化若手はまわっており活動の軸となっている。これが、生化若手が、特性としては継続性に脆さをもちながらも、50年ものあいだ継続できた理由なのではないだろうか。

 ただし、夏の学校のように継続してきた活動がある一方、一時的な運動で終わってしまった活動もある。それは、就職や女性研究者など若手をとりまく環境の改善に関する問題であり、これまでの歴史を振り返ってみても、要所要所で大きな課題となっている。しかし、似たような問題をくり返し議論しているということは、いずれも根本的な解決にはつながらなかったためであり、一貫した活動ができていなかったということであろう。これらは生化若手の目的に直結する課題ではあるが、生化若手が学生組織であるという特性を考えると、実際には解決策を得ることは困難なのではないだろうか。このような課題に対処していくには、学会などほかの専門組織への協力や、中長期的に取り組む別組織の形成(たとえば、NPO法人サイコムジャパンなど)により貢献していくことが適切なのかもしれない。

 昨今、グローバルCOEなどを中心に、学生が企画・運営の主体となって開催されるシンポジウムや研究交流会が増加している。これは、生化若手が50年つづけてきたことが、いま非常に重要視されてきたことの表われだと感じる。今後の活動においても、夏の学校は生化若手の中心にあることに変わりはないだろう。そのなかで、今後も若手の視点から時代や環境の変化をとらえつつ、つねに新しい話題や課題を提供していくことをめざしていきたい。

 

加村啓一郎(東京大学大学院理学系研究科)

E-mail : pen-cuvette@seikawakate.org










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