2009/8/29 (土)

キュベット : 200908 意外とおいしい大学院留学:後編~大学院に入学するまで~

 

 大学院留学の魅力を紹介した前編 (先月号) につづき,後編では,筆者が大学院留学にむけてどのような経緯をたどったかを紹介したい.

 筆者が大学院留学を決意したのは,学部4年に進級してまもないころであった.大学院留学の経験者から聞いた米国の大学院の経済的な利点や,国際水準にある研究テーマ,新しい土地で様々な人と交流できる環境に魅力を感じてのことであった.だが,それを決める時期が遅すぎた.米国やカナダの大学院への進学には,学部のときの成績にくわえて,英語検定試験であるTOEFLや,大学院入学のための共通試験であるGRE (Graduate Record Examination) の対策が必要であり,短期間で合格することはむずかしい.そこで,大学を卒業したあとの進路として,大学院留学の準備をしながら実験の経験を得られるポストを探したところ,幸運にも,理化学研究所の任期制技術員として働く機会を得ることができた.

 1年目は筆記試験の準備にあて,2年目の7月ころから出願の準備をはじめた.まず,興味のある研究をしている10人の教授に手紙を送ったところ,そのうち2人から面接の了解が得られた.大学院留学ではこの面接がもっとも重要であり,ここで好感触を得られれば合格は目前である.筆者はすぐに訪米し面接を受けた.H教授のもとでは非常に内容の濃い面接が行なわれた.さらに,教授との面談のみならず,研究室メンバーやほかの研究室の教授との面談もあり,食事やパーティーにいたるまで昼夜休みのない3日間であった.しかしながら,H教授夫妻と食事をした最終日,”Give us all with great impression”という言葉と素敵な笑顔をもらったときには,その疲労感は彼方へと飛んでいった.一方,もうひとりのM教授の面接は比較的楽であった.教授との約1時間の面談ののち,数人の研究室メンバーと話す機会があった.短い面談ではあったが,自分なりに考えた実験案を思い切ってぶつけたことが功を奏したか,帰国後,M教授から”amazing candidate”という評価をもらった.

 筆者は帰国後,2人の教授から高い評価を得たことで合格を確信し,大学院留学へのたゆまぬ努力が報われたと有頂天になってしまった.そして,12月の出願期間がせまるなか,濃密な面接で対応してくれたH教授のいる大学院にのみ出願した.つまり,単願である.面接の評価だけで合格するものと確信していたからだ.だがこのとき,米国に端を発した経済危機の影響が大学院へも波及し,大学院留学生への審査が例年に比べてはるかに厳しい状況となっていたことを,筆者は知る由もなかった.

 2月になって突然,H教授から,金銭面で折り合いがつかないと告げられた.有頂天になっていた自分への報いは大きく,地獄をみせられた気分であった.このときほど自分のおろかさを悔やんだことはない.残された選択肢として,とっさにM教授が所属する大学院への出願が思いうかんだが,出願の締め切りからはすでに1カ月をすぎていた.絶望のうち,万にひとつの可能性を考えてM教授に連絡をとってみた.すると,教授の寛大な取り計らいにより出願が認められ,学科長との電話による面接を受けて,合格通知を得ることができた.捨てる神あれば拾う神あり,という言葉を心底から実感した瞬間であった.

 大学院留学を直前に控えた現在の心境は,不安と期待が半々くらいである.大学院に留学すれば5年近く米国に滞在することになり,実験のみならず学科においても優秀であることが要求される.また,日本とのつながりが薄れてしまい,就職に困るという話もよく聞く.さまざまな苦労を覚悟する必要があるだろう.その一方,若いときに思い切って世界に飛び出して日本では得がたいいろいろな経験を積むことは,科学者になるうえで大きな糧になると期待している.

 前編・後編をとおし,大学院留学の魅力と,筆者の大学院留学にむけた経緯を紹介した.本稿により,海外で博士号取得を志す仲間が増えることを祈っている.

 

  • 2009年7月より米国Northwestern 大学大学院に留学予定

 

嶋津直之 (理化学研究所脳科学総合研究センター)

E-mail:pne-cuvette@seikawakate.org










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