|
まずは、自分がどうしたいのかを明確に
三浦 有紀子
東京大学先端科学技術研究センター産学連携コーディネーター
学歴:
昭和63年 京都薬科大学卒業
平成 9年 静岡県立大学、薬学博士取得
職歴:
昭和63年 京都薬科大学副手および助手
平成 8年 静岡県立大学薬学部研究生
平成10年 米国NIH、Visiting Fellow
平成13年 国立感染症研究所細胞化学部協力研究員
平成15年 文部科学省科学技術政策研究所上席研究官
平成20年 1月―4月
社団法人日本物理学会キャリア支援センタープロジェクトサブマネージャー
平成20年 5月 東京大学先端科学技術研究センター産学連携コーディネーター
このシンポジウムに参加される方の大多数が、これから修士や博士の学位を取得し、その取得過程でどのような能力を身に付ければよいのか、どうすればその能力が身につくのかを知りたいと考えていらっしゃると思います。そのような疑問があるから、今回のシンポジウムタイトルが「大学院で何を学ぶ?どう学ぶ?」になっているのではないかと推察します。
略歴をご覧いただくとおり、私自身は大学院生だった経験が一度もないまま、おそらく普通の人の2倍くらいの時間と労力をかけて、博士号を取得しました。そこまでして学位を取得して良かったかと問われたら、迷わず「はい」と答えられる一方で、そのような状態を「もしかしてこれって幸せなの?」と、思ってしまう今の日本の状況を悲しく感じているのも事実です。
博士号は、ある能力をあるレベル以上に有していることの証明になるはずのものです。少々乱暴な言い方をすれば、世間が「博士」をそれ相応に認知し待遇してくれる前提があることと同時に、「博士」審査をパスすることで世間から要求される「博士」のレベルをクリアするのであれば、このような疑問を持たずに済むはずなのです。私が知っている限り、アメリカあたりではこのような疑問は出てきません。それは、私自身がポスドクになるために米国のビザ申請用書類を手にしたときにひしひしと感じました。
今回お話したいことは、まず「このような疑問に対する普遍的な回答はない。」ということです。平易にいうと、「研究」とは何かを簡単に答えることはできても、「優れた研究」とか「良い研究」とは何かと問われたら、答えに窮するのと同じではないかと思います。
昨今、日本の大学院博士課程には進学する価値がないと判断する方が非常に増えています。それは、学位を授与する側も授与する機関を支援する側も「博士の価値」を明確にイメージしていなかったことが原因のひとつではないかと思います。ただ、学生の側からすれば単に、自分が目指す人物像に近づくために、大学院進学が有用と思えば進学すればいいし、そうでなければ進学する必要がないと言い切れると思います。
以上のことをふまえ、皆さんが「なりたい自分」になるためにどのように大学院教育を利用すればよいのかについて、私の意見を述べたいと思います。
|