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僕らはプラナリアから何を学び、学ぶのか
ブレイクスルーはモデル生物選びから
阿形清和京都大学大学院 理学研究科 生物物理学教室 教授
『切っても切ってもプラナリア』は、小学生から研究者にいたるまで多くの人々を魅了してきた。何故どこで切っても1匹に再生できるのか? 元々頭があった方に頭を再生して、元々尻尾だった方に尻尾する。何で小さな断片は、元の頭側と尻尾側を認識できるの? 何で縦に切っても再生できるの? 疑問は尽きない。あのショウジョウバエの遺伝学でノーベル賞を獲ったモーガンをしても、また、これだけ発生生物学が進歩しても、その謎が謎のままだったところが、そのチャーミングな眼とともに、僕らには魅力だった。
しかし、実際にプラナリアを飼って切ってみると、先達たちが苦労して、途中でギップアップしてきたことが理解できる。細胞レベルや分子レベルで何か調べようとすると、そう簡単ではないことがすぐにわかる。全身を覆う粘液、全身に分布する腸、そこから分泌される大量の消化酵素。エエ加減にせいよ!! と叫びたくなる。
そんな時に役立ったのが、京大・大学院時代から基生研の助手時代に苦労した数々の経験だった。1979年に京大の大学院に進学したとき、少し早すぎた分子生物学の黎明期だった。レンズの再生の研究をするのに、まずは制限酵素の精製・ラムダファージの精製・pBR322プラスミドの精製から始まり、ひいてはプロトコールもない時代にニワトリ胚からゲノムDNAの精製、いろいろな臓器からのRNAの精製のプロトコール作りをしていた。基生研に移った後も、全国共同利用研究施設として黎明期の分子生物学を全国に広めるために、まるで宣教師のようにトレーニングコースや共同研究でいろいろな人達に、いろいろな生物のcDNAライブラリー作りや、λgt11による遺伝子スクリーニングの仕方を教えた。そこで培ったいろいろな生物の扱い方がプラナリアをやるときに役立った。
そして、プラナリア研究の近代化に成功した暁には、未踏の地に足を踏み込んだ興奮がまっていた。教科書に書いてあるのとは違う再生の様式の発見、新しいコンセプトの提唱、そして、nou-darake遺伝子の発見。科学者として自分の土俵を作ることの喜びを味わうことができた。
サイエンスはぱっと自分の世界を作れるほど甘くはない。若い時に力を蓄えて、いつ自分としてのサイエンスを作り上げて勝負するのか。われわれの頃にはなかったポスドク・システムをどのように活かしながら、自分のサイエンスを作りあげていくのか? ここでは、プラナリアの研究を紹介するとともに、任期制の定着した”せちがらい”時代にどうやって自分達の道を切り開いていくのか、いくつかのポイントをアドバイスしたい。
主な研究業績
一貫してプラナリア・イモリといった再生能力の高い動物を使った再生研究に従事。再生過程を細胞レベル・遺伝子レベルで詳細に観察し直すことからはじめて、再生メカニズムに関する新たな知見やモデルを提唱。それら仮説を細胞操作・RNAiなどの遺伝子操作によって証明。また、マイナー動物で培った遺伝子操作技術を活かして実験進化学をめざす。
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