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よしのずいから“科学”をのぞく
仲野 徹 先生
大阪大学大学院 生命機能研究科・医学系研究科
● 略歴
1981年 大阪大学 医学部医学科 卒業
1984年 大阪大学 医学部 癌研究施設 助手
1989年 ヨーロッパ分子生物学研究所 客員研究員
1991年 京都大学 医学部 医科学教室 講師
1995年 大阪大学 微生物病研究所 遺伝子動態研究分野 教授
2004年 大阪大学 大学院 生命機能研究科・時空生物学/医学系研究科・病理学 教授
● 科学との関わり方・モットー
科学というのは、ある意味で、自分を表現できる場であると考えています。「発見」と「論理」という二つの自由度しか許されていないので、芸術のように奔放にという訳にはいきませんが、その分、身を立てるに芸術ほどの才能がいらない、という大きな利点があります。生業である研究には膨大な時間を費やさざるをえないのですが、自分の中では、本を読んだり音楽を聴いたり映画や演劇を観たり、というのと同じように、数多い文化活動のひとつと位置づけています。子どものころ憧れた「科学者」のように、快刀乱麻のごとく難問を次々と解決できたらいいのですが、なかなかそうもいかず、興味のわく「おもしろそうなこと」についての研究を手の届く範囲で続けてきた、というところでしょうか。しかし、おもしろいと思うことだけを研究する、というのは、歳をとればとるほど難しくなってくるようです。
● 現在の科学に対して感じていること
ホーガンの「科学の終焉」ではありませんが、少し進みすぎてしまったのではないか、と感じることがよくあります。いろいろな研究技法が開発され、厳密な実験が可能になったのは素晴らしいことですが、その分、かけた労力に比して「発見」できるサイズが小さくなってしまているのではないか、そして、「論理」の筋が細くなってしまっているのではないか、ということです。生命科学を専門とする者の間でも、異なった言語を使っているように感じてしまう「バベルの塔」化は、どこかで食い止めないと、多くの人に科学を科学として楽しんでもらう、というのは、遠い夢物語になってしまうのではないでしょうか。
● 研究を評価するときの基準
主観的には「ほぉ~っと感心できるかどうか」が最大の基準です。見つけたことの科学的意義も大事ですが、ある現象から、どのようにして研究を組み上げてその結論を得たのか、そのアプローチの美しさの方に興味があります。ただし、研究費の審査などの客観的評価ではその限りでなく、結果の重要さや掲載されている雑誌を重視せざるをえない、というダブルスタンダードに陥っています。
● 若手へのメッセージ
「若者よメッセージを求めるな!」と言いたい。短く記号化されたメッセージから得られることなど、たとえあったとしても、まったく小さなことでしかありません。研究に限らず、自分の糧になるであろうことを、質・量ともに十分にこなしてこそ、ようやく、他者のなしえたことから何かを学びとれるようになるのです。いかに自分自信の頭で考え、いかに自分を磨き上げるか、に尽きるということです。
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