|
神経新生:なぜ? どのようにして?
大隅 典子 先生
(東北大学大学院 医学系研究科 教授)
● 要旨
神経新生、すなわち神経細胞の産生は、胎児期に爆発的に生じますが、大人の脳の中にも海馬などには神経幹細胞が存在し、その細胞が分裂して神経細胞が日々作られていることが分かってきました。我々は、脳の発生に重要なPax6という転写制御因子(Matsuo et al., 1993; Osumi et al., 1997)が、海馬においても神経幹細胞の増殖維持に重要であることを見出しました(Maekawa et al., 2005; Osumi et al., 2008)。また、学習や運動により神経新生は向上し、逆に、うつ状態や統合失調症様の行動異常を示す動物において神経新生が低下することが示されています(Watanabe et al., 2007; Maekawa et al., 2009)。つまり、神経新生には遺伝的な作用と環境的な作用の両方が影響し、遺伝子が環境に応じて働きます。したがって、遺伝子の働きを良くすることにより、脳を活き活きと保ち、いつまでも脳細胞を作ることができると考えられるのです。
我々は最近、ラットを用いた実験で、アラキドン酸(ARA)という必須脂肪酸を投与すると、海馬の神経新生が向上することを確かめました。さらに、神経新生が低下している自然発症変異ラット(Pax6変異ラット)においても、ARAが神経新生の低下を改善でき、この変異ラットに見られる精神疾患の指標となる行動テスト(プレパルス抑制)のスコアを改善することができました(Maekawa et al., 2009)。したがって、ARAのような必須脂肪酸は、プレパルス抑制の低下を伴うような精神疾患の予防や改善に効果があることが期待されます。
神経新生は脳の機能に深く関わります。もしヒト脳におけるこのような神経新生を非侵襲的に可視化することができたら、精神・神経疾患の診断や治療効果の判定等に大いに役立つことでしょう。
● 参考文献
1) Maekawa, M., et al.: Pax6 is required for production and maintenance of progenitor cells in postnatal hippocampal neurogenesis. Genes Cells 10, 1001-1014, 2005
2) Watanabe, A., et al.:Fabp7 maps to a quantitative trait locus for a schizophrenia endophenotype. PLoS Biol 5, e297, 2007.
3) Maekawa, M., et al.: Arachidonic acid drives postnatal neurogenesis and impacts on the integrity of prepulse inhibition, an endophenotype of schizophrenia. PLoS ONE, 4(4), 35085, 2009
● 略歴
1988年東京医科歯科大学大学院歯学研究科修了。歯学博士。
1988年同大学歯学部助手
1996年国立精神・神経センター神経研究所室長
1998年より東北大学大学院医学系研究科教授(現職)。
2008年東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサーに就任。
2007年より東北大学グローバルCOE「脳神経科学を社会へ還流する研究教育拠点」拠点リーダー
● 若手へのコメント
神経新生の研究は、まだ緒に就いたばかりです。いろいろな面白いテーマが満載の宝の山だと思います。これまで、哲学で扱われていた「自己」や「自我」なども、こういった科学の言葉で語れる時代が来るのかもしれません。皆さんもチャレンジしてみませんか?
● オーガナイザーからのコメント
「脳細胞は一回死んだら、もう増えられないから、頭はぶつけちゃだめ」
と小さい頃によく言われたものですが、神経の研究をするようになってから、それは一部間違っていたということを知りました。哺乳類の成体においても、一部の脳領域では細胞分裂が継続的に行われ、神経細胞への分化を続けているからです。初期発生の段階での「脳の形作り」のために行われる神経新生と、成体において、環境に対応するための「脳のメンテナンス」としての神経新生。それらはどのように関連しているか、というクエスチョンは非常に興味深いもので、神経研究におけるホットスポットの一つです。今回、御講演をして頂く大隅先生は、神経新生という研究分野の最前線を、Pax6という転写因子を武器に突き進んでいらっしゃる方です。最先端の神経科学をどうぞお楽しみください。尚、大隅先生には今回の夏の学校において、「分かりやすいビジュアル・プレゼンテーション」という御講演も御願いしております。併せて御覧下さい。
|