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「本を書くこと、研究すること」
科学者の情報発信義務というようなことが言われているが、果たしてそれは額面通り受け止めるべきだろうか。
私自身の場合は、また文章を書くのが趣味だからこそ、「情報発信」しているのに過ぎない。科学者というのは、自分が第一発見者だということを競う職業だから、自己顕示欲が多少なりとも強い人種である。だから、文章を書くのが好きなら、研究の場で自分たちの発見を発表することが楽しいのと同じく、自動的に、一般向けの発信も楽しんで行なうことになるだろう。だが、これはあくまで趣味だからこそ成り立つことだ。
一方、最近、科学者に求められている「情報発信」は、これとは少し違うものだ。遺伝子組み換え問題、ES細胞の問題など、大がかりな世論の動きに対応するには、個々人の科学者がボランティア的に、あるいは趣味的に情報発信しても、ほとんど効力を持たない。現実的には、こうした世論を動かすのは、大マスコミだからだ。こうした「科学の行き過ぎ」なる警戒論に対して、真剣に向かい合い、論陣を張るには、プロの論者が必要だ。実際、アメリカでの「インテリジェント・デザイン」論者が仕掛けた教育論争に対しては、これに対処するための、科学的知識を持った専属のプロ集団が組織されており、彼らが科学者を代表して裁判等に立ち向かっている。情報発信を本当にする必要があるとすれば、日本でもこうした専門家が必要であるし、それを大マスコミがサポートする体制も必要であろう。しかしこれは日本の文系中心的な風土のもとで、実現可能なのだろうか?
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