生化学若い研究者の会
2008/07/25 Friday 03:34:45 JST
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保坂直紀先生<要旨>

 「科学を伝える現場から」

 科学の情報を社会に伝えるのは、かなり難しいことです。科学と社会とで共有する価値観が違うことが、その大きな原因でしょう。科学者は、定義や概念を明確にするために、素人にとって多少わかりにくくても専門用語を使いたがる。そして科学者は、ものごとを論理的に説明したがる。世間は、論理的な話など退屈だと思っているのに。科学の世界は一般の人々にとって異文化なのです。科学記者を20年やってきても、この文化の壁を乗り越えるうまい方法はみつかりません。
 ここ数年は、科学コミュニケーションばやりです。社会の人々が、もっと科学に詳しくなるのが当然であるかのような雰囲気さえあります。でも、なぜそれが必要なのか、正直いって、よくわかりません。社会のさまざまな営みのなかに学問というものがあって、科学はもちろんその一部です。ですから、「一人ひとりが、もっと経済学をよく知ろう」「現在の世界を理解するには宗教リテラシーを高める必要がある」「いや、もっと芸術を」というような主張があってもよいはずですが、不思議なことに、科学界だけが突出して「リテラシー」を声高に叫んでいるようです。しかも、科学界の内側から外に向けて。まるでロビー活動の様相です。その文脈のなかで研究者に情報発信が求められるわけです。だから、本当は、なぜ科学だけが情報発信を強く求められるのかを明らかにしなければ、そこに労力を傾注する動機が生まれない。この点は、議論のしどころだと思います。
 それはさておき、新聞は毎日のように科学記事を掲載しています。ですが、自分の詳しい分野の記事を読むと、「間違っている」と感じることもあるでしょう。じつは、このあたりに科学を伝える際の苦悩がにじみ出ているのです。そもそも「正しい記事」とは、どんなものなのでしょう。科学の「正しさ」は、そのまま世間に通用するオールマイティーなものですか。自分の思いを相手の心に届けるために、相手の立場にたち、こちらを曲げて言葉を発する必要はないのですか。
 講演では、新聞記者はどうやって科学を取材し記事にするのか、よい記者発表と悪い記者発表、新聞記者というのはどういう人間なのか、といった具体的な話を中心に、科学情報の発信にまつわる問題点を、みなさんと考えてみたいと思っています。

 
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