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生物現象をめぐる進化の「なぜ」
東京大学理学人類学教室で博士課程を修了するまで、千葉県の野生ニホンザルと、タンザニアの野生チンパンジーの生態と行動を研究していました。博士論文は、野生チンパンジーの雌の繁殖戦略です。人類の進化を研究する人類学教室の所属でしたが、ずっと人間には興味がありませんでした。また、私が院生だったころの日本の類人猿研究は、今西進化論に支配されていて、私の考えとはまったく合い入れませんでした。いろいろあって、霊長類の研究はやめることにしましたが、チンパンジーの行動をつぶさに2年半研究したことは、今の私の研究にもとてもプラスになったと思います。人間にもっとも近い動物の「心」について、ある種の直観を養うことができたからです。
博士号取得後、霊長類ではなくて、もっと広く動物の行動と生態、進化の研究をしたいと思いました。当時はもう東大理学部人類学教室で助手をしていましたが、ブリティッシュ・カウンシルの奨学金を得て、ケンブリッジ大学動物学教室に行きました。ここでは、ダマジカの配偶システムと雌による配偶者選択の進化と、セント・キルダ島に生息する野生ヒツジの成長の性差と個体群動態についての研究をしました。私が、進化生物学、行動生態学を本当にまともに勉強したのは、このときです。すばらしい日々でした。
ケンブリッジから帰ってから、理学部関連の職がなく、1990年に教養の科学論の助教授として、専修大学法学部に就職しました。初めて理学部を離れ、周囲の先生たちも学生たちもまったく科学とは関係がないという職場に移りました。たいへんなカルチャー・ショックでした。それでも、このときの経験がもとになって、科学とは何かを自分で基本的に考え直し、科学と社会のかかわりについても、一生懸命考えるようになりました。
1990年からは、伊豆のシャボテン公園に生息するインドクジャクの配偶者選択について研究を始めましたが、従来発表されていた結果とまったく異なる結果が出て、苦労しました。最近やっと、ものになりそうな結果が得られ、国際雑誌に投稿した論文もアクセプトされました。
こんなことのほかに、タニシの生活史パラメータについての研究も始めたのですが、院生がいないし、時間もないし、結局ものになりませんでした。
1990年に招待された2つのクローズドの国際シンポジウムがきっかけで、クジャクとならんで、「人間の本性の進化的探求」という大きな目標をもう一つ立てることにしました。やっと人間に興味が出てきたのです。人間を扱う自信も出てきたということでしょう。これまで多くの動物を見て進化生物学、行動生態学をやってきた成果の全部を投入して、人間というもっとも複雑な対象に取り組んでいます。2000年には早稲田大学政治経済学部に移りました。早稲田の政経では、「地球環境問題の行方」というゼミを持ち、優秀な学生たちとの討論を通じて、政治学、経済学など、人間社会を研究する社会科学に、私自身が目を開かれました。生態学と経済学の橋渡し、政治学と社会心理学と進化心理学の橋渡しなどを、ここ数年行っています。
現在、自分でデータ分析している研究は、殺人についてと、死亡率性差についてです。それから、認知神経科学の人たちといっしょに、言語の進化の生物学的基盤について考察しています。
生物の現象には4つの異なる「なぜ」がある、と言ったのは、1973年ノーベル医学生理学賞を受賞した3人の動物行動学者たちの一人である、ニコ・ティンバーゲンです。4つとは、1)至近要因、2)発達要因、3)究極要因、4)系統進化要因をさします。これらは確かに異なるアプローチであり、いずれも他の3つのアプローチとは独立に、そのアプローチ独自の研究ができます。しかし、生物の現象を本当に理解しようと思えば、4つのすべてを合わせることが必要です。最近では、ゲノム研究の進展や、内分泌科学、神経行動学の発展などにより、実際に4つを統合する研究も可能になってきています。
今後は、つねに4つの「なぜ」を心に持ちながら、複雑適応系としての生物個体、個体群、生態系について、従来とはまた違った形の進化学が構築できるのではないかと、楽しみに構想しています。
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