生化学若い研究者の会
2009/09/27 Sunday 00:04:19 JST
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「ウェット実験者のためのバイオインフォマティクス入門・・配列情報解析と蛋白質機能解析を中心に」  

はじめに
本セミナーは生化若手の会の参加者のうち特に生化学・分子生物学・細胞生物学・蛋白質科学・構造生物学などを日ごろの研究のテーマとしている,いわゆる「ウェット実験屋さん」を対象に企画された.あらかじめ断っておくが筆者は構造生物学,とくに核磁気共鳴法(NMR)を用いたタンパク質立体構造の決定がその専門であり,バイオインフォマティクスは必ずしも専門ではない.だが,たまたま使用していた実験室が情報解析部門と共用だった縁で,配列情報解析・構造情報解析の研究者らと親しくする機会を得た.そこから刺激をうけて,自分の研究にもLinuxを取り入れるようになり,試行錯誤を繰り返すうちに,(たまたまコンピュータに詳しい教員が少なかったという理由だけで)前職横浜市大においては生物情報学実習の担当も分担することになった.筆者の知識と経験は,そうした「門前の小坊主」のような形で培われたものである.そこで本セミナーは前半では筆者の考えるバイオインフォマティクスの取り入れ方について述べた後,後半でいくつかの実例を紹介する.


ポストゲノム時代のバイオインフォマティクス
それ以前の自分にとって,バイオインフォマティクスは「胡散臭い」学問分野であると同時に,とっつきにくいという印象があった.だが,この数年間でそうした個人的な感想を一蹴するような事態が到来した.いうまでもなくヒトをはじめとする多くのゲノムプロジェクトの完成である.このことは古典的スタイルの実験生物学者に次の3つの変革をもたらした,と筆者は考えている.すなわち(1)データの洪水,(2)古典的実験生物学的手法の陳腐化,(3)新たなパラダイムの必要性,である.このうち(1)に関しては説明するまでもない.遺伝子の配列情報にはじまり,網羅的相互作用データ,遺伝子チップによる発現データ,立体構造情報など多くの情報が日夜DB上に公開されている.しかもその多くは,論文発表を待たずに生データがいきなり公開DB上にデポジットされる,という従来にはなかった事態がありえる.同時にゲノム網羅的な実験手法の開発や,多検体を微量かつ短時間で測定するためのキットや実験測定機器の開発も進んだ.ただしそのような最新鋭の測定機器や試薬はまず高価であり,ポストゲノム研究に特化した特定の研究施設にしか導入されていないケースも多い.そのせいで,大学院の研究室レベルで行われている個別研究の内容が「陳腐化」して,以前よりも速く時代遅れになってしまうように感じる.その一方で,一つの遺伝子やタンパク質の機能を理解する上で,議論は複雑化の一途をたどる.たとえば,ヒトではどんなで,酵母ではどうか?といった種を超えた議論の重要性が増していて,旧来はモデル生物(たとえばショウジョウバエ)とヒトだけを比較すればすれば済んでいたものが,より多くの生物種での比較を経ないと,何がより本質的で何が種特異的なのか判別しがたい.ここに(3)で述べたように新らしい生物学の考え方(とそれを支援するツール)が必要になってくるのである.


ウェット実験屋のジレンマ
ともあれ,前述の3点の状況に晒された結果,ウェット実験を計画し遂行し,その結果を解釈して論文発表するという一連の流れに必要な様々な問題点を,人力のみでは解決しきれないと実感するようになった.特に(2)の問題が深刻である.せっかく苦労して出したデータが,ぼやぼやしていると実験法もろとも陳腐化して,論文投稿できなくなってしまう.それを避けるためにも,他のライバルがまだ目をつけていないバイオインフォマティクスのツール(たとえば予測法や結果の解釈法)を使いこなし,効率的に研究をしなければならない.だが,それでは実験屋はどのツールを選べばよいのだろうか?これがわかりにくいことが,バイオインフォマティクスの敷居を高くしている最大の要因であろう.そこで,筆者が考える「初心者に優しい」バイオインフォマティクスのツールの3つの条件を列記する.すなわち

マニュアルやチュートリアルがわかりやすい.
ツールがシステムとしてrobustである.
デフォルトのパラメータの汎用性と完成度が高い.
の3点である.まず,実験屋はバイオインフォマティクスの専門家ではないので,ツールの使い方は間違っていないか,結果の解釈は正しいのか,自信が持てない.だから,マニュアルやチュートリアルのわかりやすいツールは有難い.それと同時に,robustであること,つまりパラメータ設定によって結果が極端に変わらないことと,デフォルトの設定のまま使ってもツール作成者が使った状態と遜色ない結果がでること,は特に重要である.「robustな(ロバストな,頑健な)」というのはもともとはシステム工学や統計学などで用いられている概念で,モデル(システム)に対して,その前提となる条件からはずれたような条件でも,対象としているモデル(システム)の挙動や特性がもとの性質を保っているような状態をいう.ある時には正しい予測を返すが,特定の条件やちょっとした設定の変化で正反対の予測を返すようなツールは,きっとそのツールの作成者しか使用できないであろう.


今後の展望
ウェット実験の研究者は多かれ少なかれ激しい研究競争の渦中にある.前述のように,ゲノム的アプローチによるオミクス研究や計測機器分析手法の進展は著しく,実験生物学者は他の研究者が出してくるデータの洪水に晒されている.それと同時に,自分の手持ちのデータや実験手法は刻々と陳腐化している.そうした中で,近年発展の著しいバイオインフォマティクスを取り入れない手はないだろう.バイオインフォマティクスの最新ツールや最新の技術をうまく取り込むことで,オリジナリティの高い成果をあげ、ライバルに先行することができるかもしれない.だが,単なるユーザにとどまらず,情報生物学の専門家と組んで,お互いの研究が進歩するような関係が築けたら素晴らしい.分野の枠を超えて,実験科学と計算機科学の結果を互いにフィードバックしあうことで,よりよい研究ができるのではないだろうか?


謝辞
本セミナーで紹介予定の「実例」の内容の大部分は,産総研生物情報工学研究センター前センター長秋山泰先生の支援の下,同センター富井健太郎博士との共同研究の成果であり,ご両名に深く感謝いたします.

 
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