■集中連載 博士号■ 主担当:榎木英介(生化若手PNEキュベット委員)

本シリーズは蛋白質核酸酵素(共立出版)2000年 12 月号 〜4月号に掲載しております。

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(掲載号発売日から1ヶ月後より当websiteへ順次掲載いたします。最新号は共立出版"蛋白質核酸酵素"をご覧ください。)


(蛋白質核酸酵素12月号 Vol.45(2000)より許可を得て転載)
集中連載 博士号(その1)

今回から数回に渡り、本欄では「博士号」をテーマにした文章を掲載する。

●なぜ博士号が問題か?
 研究者の卵である大学院生の最大の関心事は、博士の学位の取得である。先輩や先生にしかられ、うまくいかない実験に悩み、徹夜で研究するのも、ひとえに博士号を取得して、研究職に就くためだ。もちろん博士号はただの通過点にしか過ぎないし、博士号を目的に研究しているわけではないと言いたいところだが、それでも学位は研究に不可欠なわけで、「足の裏についたご飯粒」ではあるが、されど博士号である。

 ところが、最近博士号をめぐる議論が騒々しい。博士号、このままでよいのだろうか、という意見が、大学や産業界などから上がりはじめている。博士号を題材にした本も出版され、反響を呼ぶなど、博士号や博士課程に対する見直しを迫るような意見が各所で沸き上がっている。

●博士号をめぐる諸問題
 ここで、博士号にまつわる諸問題について整理してみたい。

1)院生だらけの大学院
 大学院重点化で大学院生の数は増えた。しかし、大学の建物が突然増えるはずもなく、研究室は院生で満杯状態である。ネズミだって狭いところに閉じ込められればストレスがたまって攻撃的な状態になるし、指導が手薄になるのは否めない。他方東大、京大を中心とした一部の大学に院生が集中するため、院生の数が減少し、研究に大きなダメージを受けている大学も多いと聞く。

2)質の低い博士たち
 「分数のできない大学生」、「生物を知らない医学生」、「物理を知らない工学部生」はここ数年の理科教育問題を表わす標語として耳に新しい。しかし、恐ろしいことに、「研究の出来ない大学院生」という声があがりはじめている。大学生の質が下がれば、大学院生の質が下がるのが当然といえば当然である。基礎知識すらないまま入ってくる学生をどうやって指導して一人前の研究者にすればよいのだろうかという大学教官からの声も上がっている。
 世間の博士の質に対する批判の目は厳しい。企業は日本の博士号取得者を評価していない。視野が狭く、応用が利かず、基礎知識も欠如している博士を増やしても、審査のない無駄な公共事業に投資するのと同じだという声すらある。

3)職がない!
 「ポストドクター一万人計画」のおかげで、ここ数年は博士を取得してもポスドクの口はあり、就職先は確保できた。しかしポスドクの先の職が全然ないのだ。これを「ポストポスドク問題」というらしい。
 増えた分の博士号取得者はどこへ行けばよいのだろう。わずかなポストに応募者多数という状態が続いている。「フリーター」になった博士の噂話も聞くようになった。こうした現状に嫌気がさし、大学院を辞めて医学部を受け直す者も多い。5年後、10年後、街に博士号を持ったホームレスがいるなんていうのは、夢のなかの話だけにして欲しい。

4)現状の不満、生活の不安
 博士課程在籍者の不満も大きい。旧来通りの徒弟性が残る研究室、大学院生の数だけ増えた、明確な基準のない博士号取得条件、安い労働力として使われているような現状。今の博士課程は自立した研究者を生み出すのではなく、「優秀な」テクニシャンを生み出しているだけではないのか?
 経済的な不安は大きい。全員が貰えるわけではない育英会の奨学金も、アカデミックポストに就かなければ借金となる。よって親の経済力のおかげで大学院に通う学生も多いが、経済状況が親の世代に子供を大学院にやる余裕を失わせたら、博士課程進学者が激減するかもしれない。そうなったら、日本の研究の将来はどうなるのだろう。

●いまこそ議論を!
 こうした諸問題に対して、当の大学院や若手研究者の声はなかなか聞こえてこない。日々の研究が忙しいこともあろう。若手が声をあげることの難しさも理解できる。しかし、問題が存在していないわけではない。多くの若手が意見を持っている。表明できる場がないだけなのだ。
 今回、新たな試みとして「博士号」を主題とした集中討論シリーズを行うことにしたのは、議論の種・場を提供しようと思ったからである。次回から、様々な立場の若手研究者に依頼して、「博士号について思うこと」を書いてもらおうと思っている。
それに対する読者の方々のご意見を歓迎する。賛成、反対、異論反論などをE-mail(cuvette@seikawakate.forum.ne.jp)でぜひお寄せ頂きたい。いただいた意見は紙上で紹介していきたいと思う。

 今回の新たな試みが、博士号にまつわる諸問題に一石を投じ、問題のよりよい方向での改善に寄与できたらと思っている。

生化学若い研究者の会PNEキュベット委員会


(蛋白質核酸酵素 1月号 Vol.46(2001) より許可を得て転載)
集中連載 博士号(その2)Ph.D.の素質と訓練

“博士号”に関する連載第2回目は、博士号を目指して船出したばかりの修士の学生の方にお願いいたしました。ご意見、ご感想はcuvette@seikawakate.forum.ne.jpまでお送りください。(キュベット委員会)

     ***

 修士課程の1年生にとって博士号(Ph.D.)取得というのは切実な問題ではあるけれども、ある意味、遠い先の話である。私にとてもPh.D.という資格は少し前まではピンとこない代物であった。むしろその過程の大学院や研究室のほうが実感のわく身近なものだった。

 大学に入るときとは違って、大学院は自分自身で“えいやっ!”と決断しなければならない事柄がたくさんあるような気がする。私の場合は卒研のラボを出て別の院を受けるという選択をしたので、なおさらそうであった。多くの知り合いが卒研のラボにそのまま残るという選択をするなかで、研究分野を変えたいという思いと、ずっと同じラボに居続けることがはたしていいのか、という疑問とが最初のきっかけになった。現在の院は入学時に所属研究室を決めずに夏までは講義・実習や研究室ローテーションがあるところなので、少し変わった選択をしたことになる。今のラボにくるまでにはさまざまな紆余曲折があったが、運が良かったこともあり、自分の納得いく選択が出来たと思っている。

 こうして半年少々を大学院生として過ごしてきたのであるが、院試を受けるときは考えもしなかったようなことにも、いざ大学院に入ってみて直面するようになった。博士課程にまで進むと決めて入学してきた以上、Ph.D.を取るとはどういうことかというのもそのなかのひとつであった。そして最近、Ph.D.とは“幅広い知識と経験をもち、独立して研究を立案・遂行することができる能力を、訓練によって身につけたことの証”ではないかと自分を納得させることができるようになってきた。そのための訓練は生半可なものではないし、そのために何年もかけて研究することになる。

 そんななか“大学院生はどうして研究がしたいんだろうか?”という疑問が頭をかすめることがある。当の院生の一人がいうのもおかしな気がするが、激しい競争に疲れきった人や、仙人のようにその流れに身をひいている人を見かけることが決して少なくない気がする。

 もちろん大学院生が暇をもてあましていていいはずはないのだが、ときには余計なお世話とは思いつつもその人の健康状態を心配してしまうことさえある。もちろん楽して生き残っていける世界でもなし、みんなそれぞれの覚悟はあるのだろう。家には寝に帰るだけ、という暮らしは珍しくもない世界だと知っていてきているのだから。しかし、もともと研究に、そして科学に憧れたときのそれは、もっと楽しくてわくわくするような冒険心に満ちあふれたものだったのではないのだろうか。宇宙の果てを想像してみたり、生き物のもつ不思議さ・精巧さに感動したりし、そして誰も見たことのない地平を見ることに憧れた日々。そんな“初心”を顧みる心の余裕を失いつつあるのかもしれない。

 かくいく私も自分がおもしろいと思える研究を目指して、いまだ道半ばという段階である。「研究者になりたいんです、どういう勉強をすればいいですか」と聞いてくる無邪気な学部生・高校生たちの目を見るとドキッとしてしまう。ハードワークが院生のステータス、という風潮すらあるこの時代、本当に独創的な研究が行われているのだろうか?
 研究者が皆、独創的であるのがむずかしいとしても、自分の研究テーマを本当に心からおもしろい、やりがいのあるものと感じているのだろうか?
 そう思いながらふと思いついた。ひょっとしたらPh.D.とは“自らの行なう研究におもしろさ、やりがいを見出せる、あるいはそういうテーマを自ら見つけてくることができる素質をもっていることの証”でもあるのではないかと。

後藤純一(東京大学医科学研究所脳神経発生・分化分野)


(蛋白質核酸酵素 2月号 Vol.46 (2001) より許可を得て転載)
集中連載 博士号(その3)大学院生の将来と大学院改革案

 今回は博士号を取得されたばかりの方に書いていただきました。ご意見、ご感想はcuvette@seikawakate.forum.ne.jpまでお送りください(生化若手PNEキュベット委員会)。

    * * *

 近年、特に旧帝大系の国立大学において、「大学院重点化」がすすみ、大学院生の数が激増しています。このことは、「科学技術創造立国」を目指す政府サイドの強い意向のためであろうと思われます。科学技術や社会システムが高度化・専門化される に従い、「大学学部」だけの教育では、社会のニーズに合うだけの知識や技術を習得 させることが不十分になってきたので、少なくとも表向きには、「もっと多くの人間 に大学院で高度な専門教育をしなさい」とばかりに「大学院重点化」されてきたのだろうと思います。

 しかしながら、実際は、定員増にともなって大学院入学が易しくなっただけで、教 官や設備が定員増ほどに増強されたという話はほとんど聞きません。また学生は就職 難も手伝って、明確な目標を持たず漫然と「院に進学」してしまう傾向がないとはいえず、大学教官からも「学生の質が低下した」「多くの学生の面倒をみきれない」と いう声ばかり聞こえてきます。
 しかも、この「大量生産」された大学院生(特に博士号取得者)が、これまでは卒業後に主に就いてきたいわゆる「アカデミック」のポジションの方は、今後増えるどころか、少子化やら独立行政法人化などによりいっそう厳しい見通しであることは間違いありません。
 もちろん、「アカデミック」以外にも、高度な専門知識や研究能力を持つ者として、大学院修了者が社会から求められる機会はこれからすこしずつ増えていくと考えられます。しかし、その場合も、「いかに役立つか、即戦力となりうるか」が厳しく問われるに相違なく、時流を的確にとらえ、それなりの「売り」がないと就職口があるわけではないのです。そのためにも、大学院生は、大学院のうちに身につけおくべきこと、学んでおくべきことについてよく考え、さらには研究業績や学位について明確で具体的な目標を持って大学院生時代を過ごしておくべきです。要するに「自立した大学院生」にならないと将来食えない、ということです。

 しかし一方でニッポンの「大学院教育」のシステム自身も、そのような自立したい大学院生を育成・支援するシステムになっているかというと、これもほど遠いといわざるをえません。元来、日本の大学院のシステムとは、「研究室の後継者」育成のシステムであって、「社会が要請する人材」の育成のためのシステムではなかったのです。にもかかわらず「大学院重点化」してしまったために、大きな矛盾を抱えるのは当たり前といえます。
 したがって、今後は、大学院それぞれの課程での教育目標を明確にさだめ、学生(国民)にとって真に必要な大学・大学院のシステムを作ることが急務と考えます。この目的に合致するような「大学院」のシステムを、私なりに提案してみます。

(1) 大学院修士課程は実践的な専門的知識と技術の習得を目的とし、年限は3年とする。入学試験は各大学院・研究科ごとに独自に行う。ただし、どういう教育を施すのか、研究費・設備はどのくらいか、卒業生はどういう進路を取ったか、という情報をインターネットなどで広く公開し、学生が大学院をその目的、修めたい専門に照らし合わせて自由に選択できるようにしておく。また、トラブル解決のための機関を設ける。

(2) 大学院博士課程は、高度な学問研究や技術あるいは思想をリードし発展を担う人材の育成を目的とし、設置する大学院あるいは研究機関を限定する。ここでは研究費などの配分などを優先すると同時に、より競争的な環境にする。博士課程の学生を教える教官は、少なくとも大学学部とは別にして高給・任期制にし、研究・教育の成果を厳しく問う。さらに博士課程の学生は経済的に十分自立できるようにする。 また論文博士制度についても見直す。

 ボーダーレス時代の昨今、「大学院」を、より開かれた実用的なものに改革していかないと、日本におけるアカデミズムの存在感はいよいよ薄まると危惧せずにはおれません。学生・教官双方とも、緊張感あふれる魅力的な「大学院」の構築に努力すべきと私は考えます。

奥田智彦 (国立研究所ポスドク)


(蛋白質核酸酵素 3月号 Vol.46(2001) より許可を得て転載)
集中連載 博士号(その4) A brief look at an English PhD

今回は、キュベット初の試みとして、イギリス人研究者の方に執筆して頂きました。学位の意味、重みをこの文章から感じて頂けると幸いです。ご意見、ご感想はcuvette@seikawakate.forum.ne.jpまで(生化若手キュベット委員会)。

    ***

For many young researchers, gaining a PhD signifies a level of achievement within science, opening up the opportunity for independent research. I still feel this way having completed the process. I had been employed as a technician in a cancer institute for 3 years and was bored with the routine nature of my work. I was happy to perform my daily experiments, but it seemed that whenever the results became interesting the project was transferred to a post doc or student. After discussions with my professor, he suggested that I enroll as a part time PhD student with a full salary (approximately the same as a first post doc salary).

The change in my working life was subtle but significant. Even though I had worked with relative freedom for a number of years, I now had to take complete responsibility for the organization and direction of my project. Since the course contained no formal lectures, it was my responsibility to read papers, attend relevant seminars and learn new techniques. With minimal supervision from my professor, the transition from presenting my results, to presenting, interpreting and planning future experiments was at first difficult. The process was made easier by formal and informal discussions with colleagues. This was relatively easy since I already knew many people from different disciplines within my institute. I asked many questions, a few inspired, some relevant and many (too many!) silly. I am greatly indebted to my old friends, fellow technicians, post doctoral workers and other PhD students, many of whom reshaped my thinking processes at crucial stages of my work. During that time many of us lived for science.

Initially, I managed to balance the experiments for my thesis with my general laboratory projects and duties. In later stages, this became more difficult. The laboratory theme diverged from mine and I frequently felt as though I was doing 2 jobs. My professor kindly ignored small lapses, mainly because I produced 2 first author publications. The high point of the course, was my first international presentation to a room full of scientists at the cutting edge of my field. I can not begin to describe the heady mixture of fear and excitement as I thought 'I am going to tell them about my work'!

I realise that my experience as a PhD student is atypical but if I can humbly offer advice to young scientists, it would be to discuss all aspects of your research as much as possible. It is important to be aware of the diverse nature of other people's thoughts since scientific problems are often solved by changing perspective. It is also the responsibility of Laboratory heads to provide an environment where information flows freely and young researchers are encouraged to develop their scientific potential in a creative way. History has shown us that flashes of inspiration often come from unusual sources and at strange times!

Joanne Meerabux (Laboratory for Molecular Psychiatry, BSI, RIKEN)
E-mail: j_meerabux@brain.riken.go.jp


(蛋白質核酸酵素 4月号 Vol.46(2001) より許可を得て転載)
集中連載 博士号(その5)博士号を価値ある資格とするために

 先号まで博士号をテーマに3人の方にご意見を頂いたが、いかがだっただろうか?今回は総括として、三人のご意見をふまえて書いてみたい。

     * * *

 修士の学生にとって、博士号は期待と不安の入り交じった夢や希望であり、かつ具体的な目標だった。第2回は、同世代にとっては同感できるものだっただろうし、それ以上の方々にとっては若くて熱かった日々を懐かしく思い返させるものだったことと思う。しかし、そんな夢や希望も厳しい現実のなかで次第に変化していく。一人また一人と別の道に進路を変え、博士号取得までたどり着くときには、多くの仲間が既にいなくなっている。

 だが、それでも博士号取得はスタートでしかない。本当の競争相手は、同世代やこの国の研究者のみならず、海の内外、洋の東西を問わず世界中の研究者となる。私たちは研究の荒海に出たときにはじめて、博士課程ではいけすの中で波から保護されてのうのうと過ごしていたことがわかる。第3回目での博士号改革の具体的な提案は、魚たちにいけすの外でも生きていけるように鍛錬しろと呼びかけつつ、いけすの持ち主(政府?)には、もっと厳しく魚を鍛えよと迫っている。魚にとっても持ち主にとっても、ちょっと耳の痛い話だったかも知れない。しかし、弱い魚を荒海に投げ出すことこそ本当は残酷なことだということは理解しなければならない。

 第4回ではイギリス人の研究者の研究人生から、科学の母国イギリスの研究者教育の一端を垣間みることができたが、多くの読者はイギリスが意外にもそれほど日本と変わらない博士教育環境にあるのではないかと思われたのではないだろうか?PhDの学生に給料が出るということ以外は、制度の大差はない。指導者と学生の研究、教育への取り組む姿勢こそが、母国とわが国の違いである。イギリスでは、研究者の自立を促すことを主眼において学生がトレーニングされているが、我が国では学生はテクニシャンとして、労働力として扱われてはいないのか。そういったことを考えさせる原稿だった。

これらの意見をふまえ、日本の博士号が意味ある学位となるために、以下の点を指摘して、この集中連載のまとめとしたい。

●博士課程を自立した研究者教育の場とするために
 日本の博士の評価が低いのは、博士号が自立した研究者を表す学位となっていないからではないか? 業績中心主義、研究支援者(テクニシャン等)の不足が続く限り、大学の研究室が博士課程の学生を即戦力、労働力とみなす傾向は続くだろう。科学政策に携わる方には、博士課程を研究トレーニングの場にするべく、研究支援者の増員等を含めた包括的な改善策を実行に移していただきたい。大学を競争的環境にすることに異論はないが、大学の独立行政法人化が、学生をカネのかからない労働力として使い捨てることにつながることだけは阻止してほしい。
 また、博士課程の学生の経済的自立支援の拡充を求める。親の支援を前提にした博士課程の存在が、学生の精神的自立の機会を奪っているという指摘がある。国の経済状況を考えると難しい問題だと言わざるを得ないが、経済的な問題が優秀な学生を研究から遠ざけている現状を考えれば、碩学の方々には何が重要かがおのずとわかるはずである。

●学生の意識改革を
 確かに今の日本の博士課程に制度的な問題は多い。しかし、すぐでも変えられる部分が多いのではないだろうか? 漫然と博士課程を過ごすか、自立を意識しつつ過ごすかで、将来は大きく異なる。主体的に行動してはじめて、博士号は意味を持つ。環境を言い訳にすることなく、強く生き抜いていこう。

 研究をはじめたばかりの頃の夢や希望をしぼませないために、博士号が世界に誇れる資格となることを願ってこの連載を終えたい。
 ご意見、ご感想は cuvette@seikawakate.forum.ne.jp までお送りください。

生化学若い研究者の会キュベット委員会


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ご意見、ご感想をcuvette@seikawakate.comまでお送りください。(PNEキュベット委員会)
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