(蛋白質核酸酵素Vol.50 No.11 (2005年9月号)より許可を得て転載)


科学コミュニケーションの現場より(3)
トークイベントでの双方向性を目指して
〜研究者と科学館ができること〜


 PUS (public understanding of science)やPUR (public understanding of research)
という言葉をご存知だろうか? 「科学をもっと社会に」というかけ声のもと、「科学を
みんなに理解してもらおう」という“理解増進”の活動の概念がPUS。対してPURは、PUS
が陥りがちな「知識の足りない大衆に教える」という押し付けの姿勢に対する反省もこめ
て、研究そのものを人の営みとして伝えていこうというもの。専門家には怒られそうな乱
暴なくくりだが、おおよそそんなところだ。われわれ科学館も、研究者たちも、このPUR
に相当するような新しい取り組みや、さまざまな工夫、努力が求められはじめた。日本科
学未来館は、従来型の講演の枠からはみ出すものを実験し提案している。「展示の前で研
究者に会おう」は、開館以来40回以上を重ねる毎月のイベントだ。常設展示の監修者や協
力者をゲストに、展示物の前でトークを行なう。展示物の前であるから、当然、講演用の
スペースではない。マイクは用いるものの、演壇もなく、ゲストと40人程度の参加者とを
隔てる距離は小さい。

 イギリスからティム・ハント博士(2001年ノーベル医学生理学賞)を迎えて2003年12月
に行ったイベント「生命とは何か?――細胞が分裂して生命がはじまる」では、展示場内
に70席の特設会場を設け、そこに10台近くの顕微鏡を持ち込み、ウニの発生実験を博士の
話と同時進行で行った。参加者は、博士の研究の軌跡をたどりながら、リアルタイムで進
行する実物の細胞分裂を目のあたりにする。

 昨年11月から著者が始めた「ライブトークScience Edge」シリーズも、会場は展示場内。
30人程度の参加者の前で、ゲストと当館スタッフが対談しながら、会場を巻き込んでいく。
イベントの特徴はゲストの選び方だ。数ヶ月以内に出版された顕著な論文の第一著者を招
く。ほとんどが20代後半から30代前半、院生ないしポスドクだ。自身の最新の研究につい
て語り、同世代中心の参加者がエールも交えた質問やコメントを返していく。

 いずれも参加者の少ない小規模のイベントであり、費用対効果を疑う声も出る。しかし、
密度の濃い体験をした人々がそれをそれぞれに持ち帰って発信できれば、決して多人数に
劣るものではない。キーワードは、双方向性。参加者が「聴衆」で終わらずに、ともにイ
ベントを作る立場に立てたか。研究者がどれだけ参加者の言葉に耳を傾け反映させたか。
さらにめざすのは、参加者のその後の日常の生活の中で、科学的な話題が増え、ものを科
学的に考えることが増えるといったことが実現されることである。研究者側でも、自身の
研究が社会に及ぼす影響について考える機会が増え、場合によっては研究そのものへのヒ
ントを得られるなど、その後の研究活動に変化が生じることもありうるだろう。

 科学研究のコミュニケーションは、注意しなければ従来型の広報とすり替えられ、宣伝
活動に堕ちていく。だが、広報とは英語でpublic relations。一方的な宣伝ではなく、社
会との関係を築くことだ。ハント博士はイベントから1年以上後にも、筆者からのメール
の返信に“あの時”のことを嬉しそうに書いてくれる。ライブトークScience Edgeの若き
ゲストたちは、「国際学会と変わらない」レベルの質問を受けることに驚き、参加者の素
朴な質問をきっかけに「何のために研究しているのか、という根本的な目的」を問い直し
た、と語ってくれる。規模は小さく影響はささやかかもしれないが、研究者が参加者と同
じ目線で科学を考え人々の声に耳を傾けるとき、PURは実践され真のコミュニケーション
は生まれていく。コミュニケーションが研究の成果普及に終わらず、研究プロセスの楽し
さと意味を人々と共有するために行われるならば、社会における科学の位置は新しい次元
に入るといえるだろう。


長神風二(日本科学未来館 科学技術スペシャリスト)
E-mail:f-nagami@@miraikan.jst.go.jp
日本科学未来館ホームページ:http://www.miraikan.jst.go.jp