(蛋白質核酸酵素Vol.50 No.13 (2005年11月号)より許可を得て転載)


大学院における英語教育の問題点 
〜一大学院生の立場から


 生命科学系の研究の世界においては(もちろんほかの多くの研究分野でも)英語が基本
言語である。われわれは多くの場合、英語で書かれた論文を読み、英語で論文を書く。ま
た、近年、コミュニケーション手段としての英語の重要性が認識されてきたためか、国内
の学会においても原則的に英語を使用する学会が増えてきている。しかしながら、必ずし
もすべてがうまくいっているわけではないようだ。なかには、参加者の英語のレベルが十
分でないために議論に時間がかかってしまい、「ほとんど日本人しかいないのだから日本
語でやったほうがよかったのでは」と思われるような事例もある。このような事態を改善
するためには、もちろん個々人の努力が必要であることはいうまでもないが、大学院での
教育などを通じたシステムでの取り組みが必要なのではないか。

 日本の英語教育の現状では、中学校から高校までの間で(とくに会話において)十分な
英語力が身に付くことはまれで、大学においても英語の授業はあるが、研究の世界で十分
に通用するレベルではないことが多いようである。そのため、本来であれば大学院で研究
に必要とされる英語を体系的に習得しなければならないのであるが、その体制は整ってい
るとは言いがたいのではないか。もちろん、独自の英語教育のカリキュラムを持つ大学院
もある。しかしながら全体的な傾向としては、所属研究室での指導にまかされている部分
が大きく、研究科や専攻単位での統一したプログラムを実施しているところは多くないよ
うである。確かに従前のような教育を続けていても、一部の大学院生はもともと十分な英
語のスキルをもっていたり、あるいは自助努力によって英語力を向上させて生き残ってい
けるであろう。また、所属研究室によってはセミナーを英語で行っていたり、あるいは一
部の研究室・専攻では体系的な英語教育が行われていたりする。

 しかしながら、あくまで少数の例をもとにした個人的見解ではあるが、現場の感覚とし
ては日本人研究者の英語のレベルはまだまだ国際学会での議論に十分耐えうる水準にまで
は達していない。具体的には、速いスピードの会話についていけない、各国それぞれに訛
った英語をうまく聞き取れない、専門分野以外の話題も飛び交う食事のときの会話につい
ていけない、といったことが多いように思われる。

 では、具体的にどのようにすれば、日本人研究者の英語力を向上させることができるの
だろうか。大学学部までの教育も重要ではあるが、やはり大学院における研究者という職
種に適した対策が必要ではないか。実際、一部の大学院においてはすでに取り組みが始ま
っている。とくに最近新たに設立された研究科では、実験や研究発表に必須となる英語お
よび英語での発表の仕方・聞き方などを体系的に教える授業や、少人数での英会話の実践
的な訓練などがすでに始まっている。こうした試みが多くの大学院に広まっていけば、現
状を飛躍的に変えうるだろう。たとえば、研究科単位で英語専任の教官を配置するなどと
いったことは一考に値するのではないか。Ph.D.を保有するnative speaker(あるいは母国
語でなくとも英語をきわめて流暢に話せる人材)は相当数いるであろうし、こうした人た
ちを雇用するコストが教授1人を雇用するよりはるかに高いということはないだろう。ま
た、このようなカリキュラムを実践している大学院においては、追跡調査を行ったうえで、
その成果を広く世の中に公表すれば、より効果的な対策がとりやすくなるだろう。

 最後に、筆者の個人的な経験から、より多くの大学院生が国際学会に参加できるような
環境を、とくに財政的な面から整えることを提案したい。海外で数日間にわたって英語で
(日本人どうしではなるべく話さずに)研究に関する会話をするだけでもかなりの効果が
ある。単なる観光旅行ではあまり意味を成さない。学んだ英語の実践の場は真剣勝負であ
ればあるほど得るものが大きいはずだ。


市原優二
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