(蛋白質核酸酵素Vol.51 No.1(2006年1月号)より許可を得て転載)


現場への実力主義の導入を改めて要望する

 筆者はある独立行政法人の生物関連の研究所に勤めているが、身のまわりに"この人、
なんで研究者になったんだ? 研究やっていて面白いのか?"と疑問に思ってしまう研究
者(しかも、助手クラス以上)が目に付く。とにかく、彼らが研究所にいることが場違い
であるように思えるし、仕事をしているのがつらそうなのである。
 彼らの症状は、具体的には以下のとおりである。

・自分で研究を進められない:とにかく研究のアイデアを自分で考えられない。研究テー
マはポスドクと学生に任せきり。たまに何か言い出したかと思うと、“モデル生物でわか
りきった遺伝子をマイナーな生物でクローニングして再確認する”といった、どうでもい
いような研究テーマだったりする。
・自分の研究テーマを理解していない:知識がないので、ゼミではトンチンカンな発言し
かしない。当然、普段も学生に指導することができない。
・研究からの逃避:"論文出すだけが研究者ではない"と開き直って、研究関連の仕事を
まったくしなくなる。あるいは研究しているふりをして遊んでばかりいるので、論文はぜ
んぜん出なくなる。そのうちに何かと理由をつけて研究室に来なくなってしまう。そのく
せ、研究と関係ない学内政治関連イベントでは張り切っている。

 学生やポスドクにとっては迷惑このうえなく、本人にしてもストレスがたまるだけで、
毎日仕事をしていて面白いのかどうか、見ているほうが気をもんでしまう。彼らはつくべ
き職業を間違えたとしか思えないのだが、いったいどこで道を間違ってしまったのか。
 彼らの過去を調べてみると、キャリアの最初から適性がなかったわけではなく、院生、
ポスドク時代は高い奨学金をもらい、一流誌に論文を連発して、それなりの実績はあった
らしい。ところがポジションを得たとたん、鳴かず飛ばずになってしまい、現状に至って
いるのである。
 この原因は彼らが、"与えられたことをこなしているのが楽しいだけなのに、たまたま
与えられたテーマが大当たりして自分の才能を勘違いしてしまい、間違えて研究者になっ
た人々"であることではないだろうか。
 研究者、とくに自分の研究室を率いていく地位にある人々が、ただ言われたことを一生
懸命やっているだけとか、ましてや研究室に来てボーっとしているだけというのは論外で
ある。興味深く、重要で、ユニークな問題を自分で見つける努力を続け、その問題を解決
することが楽しくてしょうがない、という積極性のない者が研究職についていても仕事上
すぐに行き詰まるだけである。それなのに、終身雇用に守られて不適任者が研究室の上層
部を占めているという現実は、学生、ポスドク、本人にとって害であるだけでなく、納税
者も怒りを覚えることであろう。
 彼らはどうして高い地位についていられるのか。雇用の仕組みに不具合があることが原
因であろう。研究者に向いている人とそうでない人の違いを見抜けない研究機関の採用シ
ステムに大いに改善の余地があると思うし、PIの地位についてみたけれど適性がなかっ
た者をやめさせる仕組みが機能的にはたらいていないのも問題である。
 筆者個人の意見としては、この問題の解決に斬新な解決策はとくに必要ない。PIは数年
に1回は審査を受ける。実績が不十分な場合や、ましてや研究からの逃避が見られる場合
は後進に席を譲る、という当たり前の方法がとられていれば、問題は解決するのではない
だろうか。大学や研究機関に実力主義を取り入れようとするたび、"学問の自由の侵害だ
"という声が出て案はつぶされてきた。しかし、やる気も能力もない者を研究機関におき、
予算を浪費させ、学生の指導をいい加減にさせることで学問の進展を阻むことも、十分に
学問の自由の侵害であろう。現場に実力主義を導入することを、国や独立法人は改めて検
討していただきたい。

堀川博進
E-mail:horihori@@compass.jp