(蛋白質核酸酵素Vol.51 No.3 (2006年3月号)より許可を得て転載)


日本の若い研究者教育の抜本的改善点(1)
院生が院生を指導することの一例


 これから3回にわたって、日本の若い研究者教育の抜本的改善点について意見を述べた
い。
 学生の教育と聞くと、曲がりなりにも大学の教員という教育職に身をゆだねる者にとっ
ては、いろいろと考えるところがある。今回、テーマとして取り上げるのは、院生が院生
を教えることについてである。
 昔気質の教員にとっては、「教育は教員がするものであり、学生が学生を教えるなどあ
りえない」と言われるかもしれない。しかし、どこの研究室でも、先輩が後輩を手取り足
取り指導するという「徒弟制」的なものはあったのではなかろうか。最近では、学生は上
品になったのか、先輩から学ぼうとはしないでインターネットから学ぼうとするようであ
る。昨今導入されているTA制度は、オフィシャルに学生が学生を教えなさいというものだ
が、十分に機能しているかどうかは疑問が残る。本稿では、筆者が大学院時代に体験した
ことを書きとめてみるが、機能するTA制度のひとつとして読んでほしい。
  30年前、筆者は米国の大学院に留学し、ユダヤ人が創立した東部の小規模の大学で2年
間を過ごした。ここの生化学教室は学部を持たない大学院で、Graduate Department of
Biochemistryとよばれた。そこで生化学を主専攻とする大学院生(同級生)は7人だけで
あった。少人数教育を実践し、生化学の講義は、酵素学を中心に1年間かけて行なわれた。
毎朝9時から1時間の講義があり、各学期には中間・期末試験、生化学専攻の大学院生だけ
は期末試験のとき面接試験も課せられていた。
 講義は3名の教員が担当されたが、さぞ大変だったと思う。W.P.Jencks博士はJ.Am.Chen.
Soc.誌、R.H. Abeles博士はBiochemistry誌という代表的な学術雑誌の編集委員をしてお
り、学外講演もたくさんあったが、教育にかける情熱はさすがであった。ただし、水曜日
は彼ら教員がお休みであった。そこで、上級生がチューターとして登場し、院生教育に貢
献することになる。チューターはクイズという小テストを行なうが、その点数は授業評価
に加えられるので、われわれはかなり真剣に勉強した。小テストでは、誰が何を理解して
いないのかがわかり、チューターはわからなかった点を解説してくれる。
 ここで、ひとつふれておきたいのだか、Jencks博士やAbeles博士はただ者ではない。授
業そのものが違うのである。まず、講義のはじめに黒板の端に10編ほどの論文のリストが
板書される。講義内容は論文を忠実にフォローするのではない。たとえば、アイソトープ
効果を説明する場合には、それに関する代表的な論文のもっとも美しい例が引用される、
という具合である。教科書の内容は10年は古いため(その当時は出版技術もデジタル化さ
れておらず、何でも時間がかかった)、論文が生きた教材として用いられたのである。
 こうしたハイレベルな教育と大学院生のギャップを埋めるためには、絶対にチューター
が必要であった。昔、大学に入ると、教養部では高校までの“教科書に書かれていること
は正しい”という頭の構造を破壊して、物事の原理(真理)を探求する頭の構造になるよ
うに仕向けられたが、それに酷似していることを大学院で実践したのだと思う。授業のあ
と、競って図書館に行き、論文を読み漁ったことは言うまでもないが、それで論文が真に
意図するところを理解できたわけではない。大学院1年生にとって、論文をいかに読みこ
なすかを教えてくれたのがチューターである。このあたりが、米国の(トップクラスの)
研究者育成の見えざる部分なのかもしれない。もちろん、チューターたる者も勉強せざる
を得ず、これぞ一流の学者となるべき訓練なのかと思った。ちなみに、チューターも同級
生も午後から真夜中まで研究に勤しんだのは言うまでもない。
 次回は院生が学部生を教えることについてふれてみたい。

植野洋志(奈良女子大学生活環境学部)
E-mail:hueno@@cc.nara-wu.ac.jp