(蛋白質核酸酵素Vol.51 No.4(2006年4月号)より許可を得て転載)


日本の若い研究者教育の抜本的改善点(2)
院生が学部生を指導することの一例


 前回は院生が院生を指導することの一例をあげたが、今回は大学院生が学部生を指導す
例について述べる。
 大学院生が学部生を教育するシステムとして、わが国ではティーチングアシスタント(T
A)制度がある。筆者は、2つの国立大学でTA制度をみてきたが、自身が体験した米国でのT
A制度とはおおいに異なっていたので、ここでは筆者の体験を紹介してみたい。
 筆者は、米国Brandeis大学大学院を修了し、さらに、中西部のIowa State大学大学院
に入学した。1970年代半ばであったが、州立大学では当時からTAやリサーチアシスタント
(RA)の制度が整っていた。これらの制度は大学院生を対象としたものであるが、それぞ
れの専攻でようすは異なっていたと記憶している。たとえば、化学専攻ではRAが少なく、
ほとんどの大学院生はTAであった。しかし、生化学専攻ではほとんどがRAであった。ただ
し、生化学専攻では、TAは学位取得のための必要な要件として組込まれていた。Cumとい
う試験に合格すると博士号取得に向けての研究活動が許されるが、その時期にTAを2学期
間することが課せられていたのである。
 筆者の場合、獣医学部の「生化学」と家政学部の「生化学実験」を担当した。獣医学部
も家政学部も、全米で最初に創設された歴史ある学部である。獣医学部の「生化学」は、
講義と実験実習が組み合わされたもので、担当の教授が主として講義するが、TAも講義を
1回課せられ、クイズなどの小テストの作成と採点、実験の準備と指導を行なった。実験
は受講生が結果を出せるように、試薬・機器類の確認から予備実験に至るまで入念に行な
った。家政学部の「生化学実験」は女子学生が相手で、TAの割り当てでは羨ましがられる
ものであった。実際の実習では酵素の反応速度論的解析などを行なったが、予備実験をし
たおかげで、酵素の量や基質の濃度範囲など、的確な指導を行なえたのを記憶している。
 さらに、TAをすることで学生が犯す実験手技上の問題点などを理解でき、それ以降、研
究室で下級生を指導する際におおいに役立った。自分の研究だけでなく、下級生を指導す
る事で、他人の抱える問題点を発見できるように、また、実験手技上のさまざまな問題パ
ターンを把握できるようになる。この結果、将来的に自身が研究リーダーになった際、研
究チームを率いていくためのシミュレーションができる。研究室を運営できる能力を持っ
た研究者を育成するために、博士号取得の条件としてTA制度の履修を義務付けたのであろ
う。
 ちなみに、TA制度は、給料(だいたい、ポストドクの半分)の支給があるだけでなく、
TAとしての単位認定がなされ、成績表に表れるようにもなっているのである。この点は、
日本の制度とは異なるようである。さらに、年度末にはBest TA Awardというものがあり、
TAとしての評価を学生と担当教授より受け、その年で一番良いTAが表彰されるのである。
Best TA Awardの制度は、学生にTAに対するモチベーションを与えるよい企画であったと
思う。
 ここまで述べてきたように、TAを経験することで得るものは貴重である。TA制度は日本
でも一部の大学や大学院では取り入れがはじまっているようであるが、全体からするとま
だまだ少数派のように思われる。今回述べたように、TAをすることで自分の実験技術を向
上させたり、将来、指導的立場になったときの学生の指導方法を学習したりしながら、自
分の研究を行なうだけでは得られない、一人前の科学者になるための訓練をつむことがで
きるのである。できれば、日本でもTA制度をなんらかの形で履修単位として義務付けるこ
とが、将来、大学の教員となるような人材育成には必要ではないだろうか。

植野洋志(奈良女子大学生活環境学部)
E-mail:hueno@@cc.nara-wu.ac.jp