蛋白質核酸酵素 Vol.51 No.11(2006)1655より許可を得て転載


大学院生,科学技術コミュニケーションを学ぶ(1)
東京大学科学技術インタープリター養成プログラム


 昨今,"科学技術コミュニケーション"とよばれる取り組みが話題となっています.2005
年からは,5つの大学(東京大学,お茶の水女子大学,北海道大学,早稲田大学,大阪大
学)で科学技術コミュニケーターを養成するプログラムがはじまりました.今月から5回
にわたり,各大学のプログラム受講生に,プログラムの特徴と役割,自らのキャリアプラ
ンを一人称で伝えてもらいます.第1回は,東京大学の"科学技術インタープリター養成プ
ログラム"です.

●副専攻としてのインタープリター
 "科学技術インタープリター養成プログラム"は,2005年10月にはじまった東京大学の大
学院生を対象とする1年半の教育プログラムである.インタープリターとは翻訳者や解釈
者を意味し,科学技術の現場と一般社会とを結ぶ人材の育成を目的としている.このプロ
グラムの特徴は,当初からその著名な講師陣にあるといわれてきた.研究者,ジャーナリ
スト,作家,芸術家など,そうそうたる講師のもと,カミオカンデや科学館,科学番組の
製作現場,芸術作品の見学など多くの実地研修を行なった.単に座学においてコミュニ
ケーションのスキルを学ぶのではなく,それぞれの現場でプロの背中を見ることによって,
コミュニケーションへの姿勢を感じ取ることができた.しかし,講師以外にもうひとつ重
要なことがある.このプログラムが副専攻的な扱いであるということだ.
 初年度は9つの研究科(理・農・工・薬・医・数理・人文・繚合文化・新領域)から14
名の大学院生が参加している.受講生各自がプログラムとは別に主専攻をもつため,"科
学技術コミュニケーション"という曖昧なテーマに対しても,それぞれが一定の距離感を
保ちながら自分の立場から発言することができた.そして,授業の内外にかかわらず,学
生間で議論をすること自体が小さな科学技術コミュニケーションになっていた.筆者にと
っては,多様な意見をもつ仲間をもてたということがこのプログラムでの最大の収穫であ
った.この副専攻という位置づけは,なにも科学にかぎらず,たとえば,政策や経営など
についても理系文系を含めた多様な人材が集まって議論できる場として,大学院での教育
にもっと取り入れてもいいのではないかと感じている.

●副職としてのインタープリター
 「結局,科学技術インタープリターとは何なのか?」「プログラム修了後どのような職
につけるのか?」しばしば聞かれるこれらの問いに明確な答えはない.ただし,現在まで
約1年間受講していえることは,このプログラムは職業訓練の場ではないということだ.
"伝える"プロになるには,副専攻として1年半学ぶだけではあまりにも物足りなく,やは
り,社会で実践を積みながら学ぶ必要がある.しかし,ジャーナリストやライター,学芸
員など,いわゆる"科学技術コミュニケーション"の担い手にならなくても,このプログラ
ムで学んだ"コミュニケーションへの姿勢"や"科学技術に対する多様な視点"を今後に生か
していくことはできるはずだ.受講生のなかには,政治家や官僚を目指している者もおり,
修了生には既存の"科学技術コミュニケーション"という言葉に縛られない多様なキャリ
が望まれる.筆者自身も科学技術を"伝える"ことを本職にしようとは思っていない.し

し,今後研究をつづけるにしろ,やめるにしろ,どのような職についても科学技術との

点はもっていたい.一見,科学技術とは無関係な分野においても,インタープリターと

て科学技術との新たな結びつきをつくり出すことができないだろうかと日々模索してい
る.
科学技術インタープリターの役割とは,"科学技術に対する理解"を社会に強要するこ
とで
もなければ,"社会に対する説明責任"を科学に強要することでもない.まず自らが科
学技
術をとおして社会のあらゆる事象について考え,さらに,周囲の人たちが同じように
考え
ることを手助けすることである.筆者はそう思う.


次回は,お茶の水女子大学の"科学コミュニケーション能力養成プログラム"です.


加村啓一郎(東京大学大学院理学系研究科修士2年)
E-mail:k1kamura@@biol.s.u-tokyo.ac.jp