蛋白質核酸酵素 Vol.51 NO.12(2006)1807より許可を得て転載


大学院生,科学技術コミュニケーションを学ぶ(2)
お茶の水大学科学コミュニケーション能力育成プログラム
―みえてきた学校理科教育の限界・可能性―


 お茶の水女子大学大学院のプログラムは,現在・未来の理科教員たちが,すぐれた学校
教育を施せるようになるだけでなく,地域や家庭に"科学知識のインタープリター"として
根ざせることをめざしています.今学期前半の講義では,国内外の現行の教育制度ととも
に,それを改善するためのグラント(SPP(脚注1)や科研費)獲得手法などの解説がな
されました.筆者が重要と感じたポイントはつぎの3点でした.@以前に比べて授業時間
が削減された現在の理科教育現場では,時間的制約のなかでも生徒が実験できる機会を与
える工夫が求められていること,A戦後のわが国の教育行政は,"専門的な研究者を育て
る"方針と"生活のなかでの科学リテラシーを上げる"方針とのあいだで揺れ動いてきたこ
と,B欧米では,幼少のころから"科学の考え方(統計的なものの見方や,記述の方法)"
を教養として身につけるプログラムが採用され,それが科学に関するキャリア教育にもな
るということ,です.

 Bの例として,米国の中学生向け課題を紹介します.まず,生徒に1個の鉛の玉の入っ
た黒い小箱を1つずつ配り,中身が見えない状態でその箱の内部の構造を予想させます.
ふたを開けないかぎり,玉を転がそうが,叩いて音を確かめようが,なにをやっても構い
ません.そして生徒たちは討議のすえ,もっとも優れたモデルを1つだけ提示しますが,
正解は最後まで明かされません.これは,科学という学問の実際の姿を鋭く表わす課題で
しょう.教科書のなかの,あらかじめ答えの定まった実験しかできないわが国の多くの学
校とは異なります.

 今学期後半の講義では,科学記事やSF小説,科学エッセイなどを読み書きし,また,
国立科学博物館でのサイエンスショーや映像編集も経験しました.科学の世界をより身近
に魅力的に感じ,さらに,そこから得たものを表現する大きな喜びまで学べたのです.
以上のプログラムで学んだ教員たちは,多角的な科学教育活動を展開し,現在の教育現場
に慢性的に不足している,ヒト・モノ・カネの問題を一時的に緩和してくれるでしょう.
しかし,筆者がこのプログラムで出会った教員の方々のお活からは,なにより時間が不足
していて,このような理想的な教育をやりたくてもできない実情が垣間みえました.求め
られているものは,現場を重視した学校数育制度の根本的な見直しなのです.

 その点,このプログラムのすぐれた特徴は,同じ教室のなかに現役の学生,小学校から
高校までの教師,大学教授,教育関係公人,理科教育関係の民間企業やマスコミ関係者が
入り混じり,ともに理科教育の問題を熟考できることです."科学"という分野の仲間であ
るさまざまな人々が協力して,わが国の理科教育のあり方を方向づけ,教育行政を動かせ
れば,わが国の科学界の未来を変えられるかもしれません.読者の方々が,本稿を科学教
育再考のきっかけとしてくだされば幸いです.

 さて,筆者は最先端の研究から得られた知への価値の付加に興味があり,民間企業の知
的財産部に就職します.魅力的な教員が育てた生徒のなかから生まれた,すぐれた研究
者・技術者たち.彼らが心血を注いで生み出した発明を,法とことばを介して守る知財の
仕事も,社会でますます重要性が高まる科学コミュニケーションの一種でしょう.そんな
分野に踏み込む意欲が湧いたのも,"教員養成"と銘打ちながら,広い視野で科学界を俯瞰
できたこのプログラムのおかげです.

 次回は,北海道大学の"科学技術コミュニケーター養成ユニット"です.

脚注1…SPP:サイエンス・パートナーシップ・プログラム.平成14年度から文部科学
省が出資している事業.生徒たちの科学技術・理数系科目への興味を高めるため,大学や
研究機関による中高生向けの実験講座や,教員研修を実施.さらに,その手法についての
調査研究も行なっている.



原田雅子(お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修士2年)
E-mail:g0540471@@edu.cc.ocha.ac.jp