蛋白質核酸酵素 Vol.51 No.15(2006)2399より許可を得て転載


大学院生,科学技術コミュニケーションを学ぶ(4)
早稲田大学科学技術ジャーナリスト養成プログラム


●プログラムの授業
 2006年4月から早稲田大学政治学研究科修士課程で"科学技術ジャーナリスト養成プログ
ラム"がはじまり,現時点で約半年が経ちました.授業では,取材や記事の執筆,国の科
学技術政策の講義などがあり,なかでも,国際生化学・分子生物学会議を取材したときに
は科学記者の仕事の一端を知ることができました.目当ての研究者が講演を終えると,す
かさず走り寄ってインタビューの約束を取りつけます.インタビューのときは,世界の一
流研究者に直接話を聞ける嬉しさの一方,専門的な話についていくことはたいへんで.外
国人研究者の場合はなおのことでした.あとで録音テープを聞き直し,文献を調べるなど
してやっと研究の内容を理解するのですが,今度はそれを一般の人にわかりやすい原稿に
しなければなりません.読み手の関心をひくために切り口を面白くしたり,比喩を用いて
分子メカニズムを説明したりするなど,さまざまな工夫が必要です.この実習を通して,
科学記者に必要な能力を身をもって実感しました.

●職業としての科学ジャーナリスト
 科学技術の方向性を監視するため,科学ジャーナリストには科学技術にかかわる時事問
題を客観的に報道する役割が求められています.夏休みには独自のインターンシップが用
意されており,筆者は,毎日新聞社の科学環境部で2週間,科学記者の仕事を体験するこ
とで,実際の仕事現場でその役割を果たすことのむずかしさを知りました.
 新聞社では,速さと正確さのほかに中立性が重んじられます.ある事件の被害者の記者
会見を取材して練習記事を書いたとき,筆者の原稿を読んだデスクに「双方の意見を書
け」と言われました.被害者の悲痛な訴えを開いたあとで,原稿は被害者よりのものにな
っていたからです.報道では,一方が有利になるような書き方をしてはいけないとのこと
でした.ただし,"ある生理活性物質の作用が解明されだ"というような科学報道では,"
新薬の開発が期待される"という研究者の意見しか書かれていなくても,「双方の意見を
書け」とは言われません.事件やすでに問題になっていること以外については,中立性は
薄れてしまうようです.特定の研究者や専門家の意見だけでなく,ほかの立場の意見もあ
わせて提示することは,ある科学技術の向かっている方向性が正しいのかどうかを判断す
る材料を人々に提供することになるはずですが,速さが要求される新聞社ではなかなかむ
ずかしいことのようでした,
 講師として元NHK解説委員の小出五郎氏を招いたとき,氏がおっしゃっていた言葉を
思い出しました.「ジャーナリストは内発的な動機がなければ務まらない.まずは,自分
の価値観を構築することが大切だ」.現場で働くジャーナリストには,取材力や文章力,
専門知識のほかに必要となる資質があることを,インターンシップを通してあらためて認
識しました.

●プログラム参加者のこれから
 このプログラムの学生は16人.理系文系を問わず,多様なバックグラウンドをもつ人た
ちが集まりました.2006年3月に理学部を卒業しこのプログラムに参加した筆者は,違う
分野の人たちと交流をすることで自分の視野がいかに狭いものかを知りました.科学ジ
ャーナリストに必要な資質や能力は,学生どうしの交流のなかでもいくらか培われていく
ような気がしています.
 "科学ジャーナリスト"についての明快な定義はありません.たいていは,新聞社や放送
局の科学記者,科学系雑誌の編集者・寄稿家を指していいますが,このプログラムの学生
たちは必ずしもこのような職業に就こうとしているわけではありません.学生のなかには,
教師や医者,フリーライターもおり,プログラムを通してそれぞれが既存のものに捕らわ
れない独自のスタイルを切り開いています.筆者も同様に,これまでの知識や経験を活か
し,自分にできることを探していきたいと思っています.

 次回は,大阪大学の"科学技術コミュニケーションデザイン・プロジェクト"です.

秦千里(早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム修士1年)
E-mail:chata@@toki.waseda.jp