蛋白質核酸酵素 Vol.52 No.5 (2007) 1 より許可を得て転載


研究者と知的財産のかかわり

■研究成果の社会への還元
 1980年年代,国際競争力が低下した米国は,知的財産の保護を強化するプロパテント政
策とあわせて産学連携を進め,その結果として競争力の回復に成功しました.これと同様
に,国際競争力の低下が叫ばれているわが国もまた,大学の"知"に着目しています.高い
人件費,少ない資源という制約のなかで競争力を高めるため,その源泉として大学の"知"
が期待されているのです.企業も同様に,大学の"知"に期待しています.競争がが国際化
し技術の進歩が加速している昨今では,企業がすべての技術を自前でそろえることは困難
です.アウトソースとして大学の"知"が着目されているのです.

 多くの競争的研究資金で"実用化""新産業の創出""産学連携"などがキーワードとなって
いることからも,これらのことがうかがわれます.実際,この流れをうけて大学および多
くの研究者が産学連携に注力しており.知的財産本部やTLO (Technology Licensing
Organization,技術移転機関) などの組織整備が進み,共同研究や特許の取得が活発化し
ています.

■大学の役割とプロダクトイノベーション
 しかしながら,大学の役割はどこにあるのでしようか?
 1960〜1970年代,わが国の製造業は.欧米で開発された製品を導入し,その生産手段の
改善をつうじて生産性の大幅な向上を実現するプロセスイノベーションにより高度成長を
達成しました.一方わが国は,それまで存在しなかったまったく新しい製品を生み出すプ
ロダクトイノベーションが不得手とされます.実際,遺伝子組み換えからPCR,DNAチップ,
RNAiに至るまで,多くの技術において基本特許は欧米に押さえられています.このような
現状で国や企業が大学に求めている"知"とは,プロダクトイノベーションを生み出すため
の知であり,企業が不得手とする基礎的な研究がそれにあたるのです.

■研究開発と事業化のギャップ
 ここで留意しなければならないのは,どんなにすばらしい研究成果であっても,それを
利用して事業をおこなうためには多大な投資が必要なことです.そこで必要になるのが特
許です.特許をとることにより,一定期間その技術を独占し,そのあいだに投資を回収す
ることが可能になります.この前提があるからこそ,企業はその技術に投資できるのです.
 逆に,どんなに素晴らしい研究成果であっても,特許がなければ投資をすることができ
ず,その研究成果はイノベーションに資することなく終わってしまうかもしれないのです.
 
■バリューチェーンと知財戦略
 それでは,以上の視点から研究成果の価値を最大化させるためには,どのような点に留
意する必要があるでしょうか? これを考えるにはバリューチェーンという視点が必要で,
たとえば装薬の場合,基礎研究から前臨床試験,臨床試験と多くの研究開発がなされ,そ
れぞれの段階で付加価値が生み出されながら,最終的に商品となり需要者のもとに行きま
す.
この価値の連鎖をバリューチェーンとよびます.基礎的な研究ほど幅広い分野に応用
でき,
一方で,事業化までの時間が長くなり不確実性が増大します.応用研究になると,
適用で
きる分野が限定されてくる反面,事業化まての時間が短くなり不確実性が減少しま
す.こ
れらの基礎研究と応用研究の成果が積み重なることで,それらがつくり出した付加
価値が
最終的に需要者へとつながるのです.
 研究成果の価値を最大化させるためには,バリューチェーンの観点からその位置づけを
握する必要があります.そして限られた資源でより大きな成果を得るためには,戦略的
研究を行うのと同時に,研究戦略に即した知財戦略を策定・実行し,価値を連鎖させる
要があるのです.

■おわりに
 研究結果の社会への還元が強く望まれる状況下で,独立行政法人化のもと,大学の研究
者は基礎研究と実用化という一見相反する価値を呈示することが求められています.その
際,研究成果の社会的価値を最大化して社会に伝えるためには,戦略的な知財活動が必要
になるのです.

近藤祐司(弁理士)
E-mail:kondo@@okuyama-ip.co.jp