免疫における自己、非自己認識:その可塑性

平野俊夫先生
(大阪大学大学院生命機能研究科・医学系研究科、理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター)


オーガナイザー:福田 真嗣(明治大学大学院農学研究科D2)

 「わたし」の体はたくさんの細胞が集まってできた「社会」のようなものです。そこではそれぞれ専門の役割をもった細胞たちが互いに協力し合い、「わたし」の体を維持しています。人間の細胞と他の動物の細胞を集めても、あるいは他人同士の細胞を集めても、こういった細胞の社会は決してできません。なぜなら、細胞の社会は体内に入ってきた「自分ではないもの」を拒絶する仕組みに支えられているからです。この仕組みは「免疫系」と呼ばれています。

 "免疫"と聞いて、みなさんは何をイメージされるでしょうか?大抵の方は、予防注射に代表されるワクチンをイメージされるのではないかと思います。しかし、アトピー性疾患や喘息、あるいは花粉症などのアレルギー性疾患も免疫が関与していることをご存知でしょうか。また、エイズが実は免疫が侵される病気であり、免疫システムが破壊されることがエイズによる死の原因であるという認識をもっておられる方も少ないのではないかと思います。

 人類はエイズウイルスや近年ではSARSなど、常に新しい病原微生物の出現と戦ってきました。免疫システムは、これら病原微生物に対する生体防御には必須であり、一方では、免疫システムは生命の存在自体をも破壊する恐ろしい力を内包しています。いかに「免疫応答」を人為的に制御することができるか、21世紀に人類が健康に国際社会を生き抜くためには、"免疫学"のますますの発展なくしては語ることができません 。

 本ワークショップでは免疫における自己と非自己の認識に関わる基本的な仕組みから、それらが破綻したときに生じる疾患との関わり、また今後の免疫学の展望などについて平野俊夫先生に御講演していただきます。平野先生はサイトカインと呼ばれる免疫系や神経系あるいは発生において重要な機能を果たしている生理活性分子が、その受容体を介してどのような機構で細胞の増殖、分化、生存維持を誘導しうるのかを分子レベルで明らかにすることを目的とし、サイトカインシグナル伝達経路とその異常により発症する自己免疫疾患に関する研究を長年続けておられます。

 免疫学の現状を理解するとともに、皆さんに興味を持っていただけると思い、今回のワークショップをオーガナイズさせていただきました。免疫学にほとんど関わりのない他分野の方から免疫学を専門に研究されている方までeverybody welcomeですので是非御参加下さい。

 

<参考図書>
・ 『免疫のしくみと疾患』 編集 平野俊夫(羊土社)
・ 『免疫研究の最前線 -高次複雑系免疫システムの包括的理解をめざして-』 編集 平野俊夫・斉藤隆・烏山一(共立出版

講師要旨 【平野俊夫】
大阪大学大学院生命機能研究科・医学系研究科、理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター


 1796年に、イギリスでジェンナーが、天然痘のワクチンを実施しました。そして、200年後の1979年に、世界保健機構(WHO)がワクチン接種による天然痘の撲滅宣言をするに至りました。これは20世紀における免疫学の画期的な足跡の1つです。"免疫"とは、病原微生物に対する生体防御反応であり、一度かかった病気には二度とはかからない、あるいは二度目は軽症ですむ、そして、あらかじめワクチンを接種しておくことによって、すなわち"免疫応答"を人為的にひきおこすことによって、病原菌にさらされても、発病を予防できるのです。 "免疫"の"しくみ"を研究しているのが"免疫学"であると言えば、免疫学の重要性を理解していただけると思います。

 さらに、エイズ(後天性免疫不全症)が、なぜ恐ろしい病気かと申しますと、エイズウイルスの感染により、私達の免疫システムが破壊されるからにほかなりません。エイズにかかると、私達の免疫システムが全く働かなくなります。私達が生活している環境には、無数の病原微生物が存在しています。私達の体内ですら、病気を引き起こす可能性がある微生物が生存しています。あるいは、共存しているといっても過言ではありません。これらの病原微生物は、日頃、免疫システムによってその増殖が適度におさえられており、その結果、私達は病気にならずに生活することが出来るわけです。

 ところが、エイズになると免疫系が作用しなくなります。この事実は、いかに免疫システムが、私達がこの世で健康で生きていくために、必要であるかを物語っています。では、免疫システムは病原微生物だけに反応するかといえば、決してそうではありません。例えば、心臓移植などの臓器移植時に、もっとも重要なことは、移植拒絶反応をいかに、人工的にコントロールするか(抑制するか)です。この拒絶反応は、免疫システムが非自己である他人の臓器に対して反応し、それを拒絶する反応です。いいかえれば、免疫応答は、病原微生物(これも非自己ですが)を含めて、すべての非自己に対して反応し、それを排除しようとする反応です。したがって、スギ花粉のような病原微生物でないものにも免疫応答を起こします。誰でもスギ花粉に対して免疫応答を起こしますが、誰もが花粉症にならないのは、1部の人だけにIgEという免疫グロブリンが、アレルギーを起こさない人に比較して、多量に生産されるからです。すなわち、免疫応答は量的なものさし以外に、質的なものさしがあり、免疫応答の質が異なれば、有害なアレルギー反応が起こることになります。

 では、免疫応答が非自己に対してのみ起こるのかといえば、決してそうではありません。自己に対して起こるときがあります。慢性関節リウマチ(RA)や重症筋無力症などの病気があります。RAは関節が破壊される病気ですし、後者は、筋肉にある神経伝達分子の受容体が破壊される結果、神経から筋肉への命令が伝わらなくなり、最後には呼吸筋が動かなくなるという恐ろしい病気です。これらはすべて自己免疫疾患と呼称されています。まさに自己に対して免疫応答が生じた結果、移植臓器の拒絶反応のように、自分自身の臓器がおかされる非常に恐ろしい病気です。

「免疫反応と聞いて何をイメージされますか?」と問われたときに、以下のようなことをイメージすることができれば、免疫を理解しているといえるでしょう。

1) ワクチン(予防注射)
2) エイズ
3) 臓器移植時の拒絶反応
4) アレルギー
5) 癌に対する免疫応答
6) 自己免役疾患

1)は病原微生物に対する生体防御反応で人間にとって有益な反応です。2)は免疫の欠如がどのような結果を招くかを示しています。3), 4)は非自己に対する反応で、人間にとって有害な反応、5) , 6)はともに、自己に対する反応ですが、5)は有益ですが, 6)は有害な反応ということになります。講演ではこれらのことに関してより具体的に述べたいと思います。

 

平野俊夫先生 プロフィール

 

1) 研究室のwebアドレス
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/molonc/www/index.html

2)メールアドレス
hirano@molonc.med.osaka-u.ac.jp

3)略歴
1972年 大阪大学医学部 卒業
1972年 大阪大学医学部第三内科入局
1973年 アメリカNIH留学
1980年 熊本大学医学部附属免疫医学研究施設生化学部門助教授
1984年 大阪大学助教授(細胞工学センター)
1989年 大阪大学教授(医学部バイオメディカル教育研究センター腫瘍病理) 
1999年 大阪大学教授(大学院医学系研究科バイオメディカル教育研究センター腫瘍病理)
2001年 大阪大学教授(大学院医学系研究科病理病態学講座)
2001年 理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター グループディレクター兼任
2002年 大阪大学教授(大学院生命機能研究科個体機能学講座)

4)研究テーマと抱負
・ サイトカイン・増殖因子受容体を介する細胞増殖、分化、死の細胞内情報伝達機構に関する発生工学的、分子生物学的研究とこれらの異常による免疫異常、とくに自己免疫疾患の発症機構の研究
・ GABファミリーアダプター分子の免疫応答、アレルギー反応、発癌における役割とその作用機構の研究
・ 初期発生における体軸形成、特に原腸陥入の分子機構に関する発生工学的、分子生物学的研究
5)趣味

6)御自身の院生、ポスドク時代について(若手へのメッセージも)
若い人たちによく話す例え話に山登りの話しがあります。登山家は「どうせ登るのなら高い山に登りたい」と考える。しかし、私たち研究者にとっては、山が高いか低いかは登り切ってみないことには分からない。斬新な研究だと思っていたものがつまらなかったり、途中で投げ出したくなったりするかもしれません。しかし、「最後までやり切れ」。私は相談に来た学生たちにはそう言います。
やり切らないと次が見えてきません。例え、つまらない研究成果だとしても、「つまらない」と分かったことが重要なのです。「それならば次はこれをやろう」というモチベーションも生まれてきます。中途半端でいくつもの研究を投げ出すと、いつまでも中途半端な研究者にしかなれないのです。

連絡先・郵便宛先住所
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2?2
大阪大学大学院医学系研究科 腫瘍病理学研究室(C7)
電話:06-6879-3880、ファックス:06-6879-3889

 

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