講師要旨【宮田卓樹先生】
大脳皮質ビルディングの組み立てをライブ観察する
宮田:若手の会の皆様こんにちは.私のここ数年間の研究内容について簡単に紹介させていただきます.私は,大脳や小脳の皮質という「脳の中の高層ビルディング」が形成されるにあたってどのようにニューロンが生み出され,移動し,そして配置されるのかという疑問解きたいと願い,10年以上研究してきました.最近は「スライス培養法」という手法で細胞の三次元的な振る舞いを生々しく観察することに取り組んでいます.
Aさん:材料は何ですか?どんな風にスライスするのですか?
宮田:マウスの胎仔の大脳原基を手製まないたの上に載せ,顕微鏡で見ながら手製微小メスを使って切ります.例えるなら水中で厚焼き卵か豆腐を切る感じです.スライスの厚さは0.2-0.3ミリです.
B君:具体的には何を見ようとして「スライス培養」を始めたのですか?
宮田:ニューロンを生み出す母細胞(前駆細胞)の脳原基内での形を見たかったのです.「前駆細胞」とは,「ニューロンを生み出す」という行動を培養によって見極めることによってこそ同定できるわけですが.従来の培養法では,全ての細胞をいったん酵素と機械的ほぐしによってバラバラに解離してから細胞同士の間隔を充分にとってプラスティク皿にまき(「低密度培養」あるいは「クローナル培養」と呼ばれる),そうした能力を発揮するかどうかを調べていました(どの細胞が分裂してニューロンが生じたのかの追跡調査を言わば「個々の細胞を隔離する」ことによって保証).その方法では細胞は培養開始時点ですべてまん丸(球体)なので,「生体の中でどんな形をしていたか」は無視せざるを得なかったのです.細胞の家系図(系譜)を作ることを主目的とする都合で、三次元性は捨てられていたのです.
Aさん:なぜ「前駆細胞のありのままの(生体中での)形」を知りたかったのですか?
宮田:胎生期の皮質形成過程は,成体脳の主要な構成要員となるべきニューロンをまず作り,次いで整然と積み上げる作業です.従来は「(階のパーツを)作る」前駆細胞,「積みあがる」ニューロンという図式のもと,研究の枠組みも「前駆細胞研究のニューロン産生能の研究」と「ニューロン移動の研究」という風に概念分割的でした.私は,前駆細胞の仕事が「パーツ作り」だけでない可能性を追求したかったのです.街のあちこちで建築中のビルを思い浮かべて下さい.建物部分が高く伸びていくこと(階の積み上げ)に眼を奪われますが,少し前には建物らしいものはなく,おそらくクレーンがコンクリート土台の上に備え付けられているにすぎなかったでしょう.しかし「土台が地中深くに埋め込まれ,その上にクレーンが空に向けて立つ」という極性を持った三次元状況が前駆段階として例えば春にあればこそ,現在,夏時点でのビルの伸びがあるのです.それと同様に,ニューロンの三次元的積み上げを知るには,皮質形成前駆段階としてその親たちがどんな形態をとるかを知る必要があると強く感じたのです.
Aさん:スライスの中は細胞だらけだと思うんですが「個々の」という観察はどんな方法でやったのですか?
宮田:コンビニや銀行には強盗対策の蛍光塗料が入った「カラーボール」というものが置いてあって犯人の足取りを追うのに役立てられます.スライス培養では,非常に散発的に蛍光色素(DiIという脂溶性つまり細胞膜親和的色素)を施すことによって,大脳皮質原基の中の個別標識された前駆細胞の挙動をライブ観察できるのです-----満員電車の乗客のうちただ一人を暗闇のなかで光らせその行動を見る(取調室に隔離してではなく、満員電車の中で)ごとくに.
B君:具体的にはどんなことが見えたのですか?
宮田:教科書的記載(30年物)を2つも覆す発見をスライス培養はもたらしてくれました.1つ目は「前駆細胞は長い」ということ。脳室面と脳膜面を結ぶような長い形態をした細胞(胎生13-14日マウスでは長さ0.2-0.4ミリ)は「放射状グリア」と呼ばれ従来ニューロン産生には貢献しないと信じられていましたが,その細胞が実はニューロン作りの中心的存在であると分りました.2つ目は「前駆細胞は長いままで分裂し,突起を娘細胞に譲り渡す」ということ(図).従来は、固定した標本の観察(ゴルジ法や電顕)に基づいて,前駆細胞が球体の(突起は存在しない)状態で2分割されると信じられていました.ライブ観察は,過去には検出できなかったような細い突起(推定直径1/1000ミリ以下,固定標本では操作中の組織の縮みによって破損の可能性)を見せてくれました.ホームページ(http://www.med.nagoya-u.ac.jp/dev-bio/)に動画提供中です.
Aさん:その「見えた」ことからどんなことが言えるのですか?大騒ぎするほどのことなんですか?
宮田:従来「放射状グリア」の長い突起(「ファイバー」とも呼ばれました)はニューロンが移動するときの足場・レールと考えられていました.そうした移動のガイド役細胞がニューロンの作り主であるという「兼業」が分りました.また,ニューロンの母細胞としての「放射状グリア」がそのファイバーをニューロンに譲渡する(ニューロンがファイバーをそっくり相続しそれをたぐって移動する)という点において,ニューロンの産生主がニューロンの移動にも責任を負っているということも分りました.いずれの発見も,形成中の組織が前駆細胞に二足のわらじをはかせているということを示すわけです.私は,そのことについて,無駄がない・効率が良い,賢い!という感動と,そうだろう,そうこなくては!という納得を同時に覚えました.大脳皮質は哺乳類において劇的に発達しましたが,この高層化建造物あるいは細胞密集社会には,ハエやカエルなどから進化的に受け継がれたきわめて基本的な領域形成原理や細胞産生原理に加えて,何か哺乳類固有の秘密-------人間社会で例えるならば,小さな村には必要のない大都会固有の社交上のルール(何かの順番待ちのために大行列を作る,整理券を配る,敷物で陣地をとる,など)のような-------がありはしないかと私は思うのです.そうした細胞密集世界のしきたりとして「兼業」と「リサイクル(突起の)」が発見できて,膝を打った訳です.
B君:その後どんなことがスライス培養で分りつつあるのですか?
宮田:ニューロンの積み上げについて従来は「ニューロンが動いていって積まれる」という考え方しかありませんでしたが,スライス培養によって,前駆細胞のうちのあるものがニューロン配置予定箇所付近まで動いていってそこで「現地生産」的にニューロンを作るということが分ってきました.これも上記のような効率性の点から納得できると同時に,「動いていく」ということを分子レベルで探究する上でニューロンのみならず前駆細胞にも焦点をあてる必要性を再認識させられました.
B君:新しいことが分ったのはいいんですが,医学や治療に役立つんですか?
宮田:今すぐに何か臨床的なことにつながることはないと思いますが,「再生医療」的試みにとって本来の発生現象に関する情報,とくに細胞レベルでの情報が非常に重要であることは間違いありません.仮に将来たとえば人工脊髄組織や人工網膜組織などが作られることになるとするならば,それは本来の発生過程における細胞の挙動を知り尽くしてこそ可能になると確信されます.
Aさん:三次元のよさは分ったんですが,スライス培養もやはり培養だから限界があるんじゃないですか.
宮田:そのとおりです.生かしておくだけでいいなら1か月でも大丈夫ですが,もとの三次元構造を保たせたままフィールドワーク的に信頼して使える時間となると,今のところ2-3日です.それを長くできるように,また適応部位・発生ステージの幅を広げるよう,技術的努力を続けるつもりです.また,「培養」を使った発生研究の基本として,生体組織をそのまま固定した標本に対する解析と必ずセットでなければならないという心得が必要です.それされ守れば,三次元培養は,今後も細胞の営みを私たちに伝えてくれる素晴らしい手法であり続けてくれるはずです.
B君:アフリカの森でチンパンジーやゴリラと話ができる(か,少なくともかなり彼ら気持ちの分かる)究極のフィールドワーク研究者がいるらしい,というような話を聞いたのですが.
宮田:そうありたいですね.時には細胞を切り刻むこともあるでしょうが,それは皆がやっています.私は,「全人医療」的細胞研究の役割を脳発生の分野で果たしていきたいです.
スライス培養関係参考文献
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3. Miyata, Kawaguchi , Saito , Kuramochi, and Ogawa: Visualization of cell cycling by an improvement in slice culture methods.
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5. 宮田卓樹 実験医学
23, 1480-1481 (2005) 神経上皮における細胞周期,運命決定,組織形成運動のリンク.
6. 宮田卓樹 生体の科学
53, 243-249 (2002) 胎生期大脳組織の三次元培養:複雑さへの回帰.
7. 宮田卓樹 実験医学
20, 708-714 (2002) 大脳皮質形成という名の「機織り」?タテ糸とヨコ糸の謎.
8. 宮田卓樹 細胞工学
20, 1410-1419 (2001) DiI を用いた脳原基スライス培養?神経上皮ジャングル探検の愉しみー
http://www.med.nagoya-u.ac.jp/dev-bio
【宮田卓樹先生】略歴
宮田卓樹
名古屋大学 大学院医学系研究科 細胞生物学分野
1963年生まれ(高知市出身,小学校区に龍馬生誕地).1988年高知医大卒.大学3年
の時,生理学の小川正晴助教授にニューロンの成長を培養下に見
せてもらい興味を持った.同大耳鼻科で2年勤務の後,脳発生研究へ.同大院修了
後,理研筑波センター(御子柴克彦研 ポスドク,2年間),東大医科研
(同,1年間),コロラド大ボウルダー校(Jacqueline
Lee研 海外学振,1年半),阪大(岡野栄之研 助手,約1年間),理研脳セン
ター(小川正晴研 研究員,約4年).2004年1月から名大(教授).
中学から大学まで続けたバスケットボールを通じて培った「ボールに飛びつけ,
シュートを狙え」の精神を研究生活のみならず最近は娘(7才)との虫取りに
生かす.院生募集中.
mail
tmiyata@med.nagoya-u.ac.jp
HP
http://www.med.nagoya-u.ac.jp/dev-bio
参考文献(スライス培養以前)
Kawaguchi, A., Miyata, T., Sawamoto, K., Takashita, N., Murayama, A.,
Akamatsu, W., Ogawa, M., Okabe, M., Tano, Y., Goldman, S.A., and Okano,
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