生命システムの「揺らぎ」
オーガナイザー:(北田祐介)
生命システムは、いつも決まった動作を効率的に実行する機械と比べて、内部に大き
な「揺らぎ」
を持っており、その分間違いも起こしやすくなっています。適者生存の考え方からみ
ると、間違い
の多いシステムが生き残っていることはちょっとおかしいと感じるかもしれません。
でも、多種
の生物が共存・共生する動的なネットワークを考えると、生命システムの持つ「揺ら
ぎ」が非常
に大きな意味を持ってくるのです。
このワークショップでは、生命システムの「揺らぎ」を実験・理論の両側面から精力
的に研究され
ている四方哲也先生に、最新の研究成果をお話して頂きます。普段なかなか予定通り
に増えてくれ
ない大腸菌も愛せるようになるかも!?ぜひご参加ください!
講師要旨【四方哲也先生】
揺らぎの中で働く生命システム
人工システムの各部品は入出力信号に比べてノイズが小さく抑えられているが、生命システムの各部品はその量や機能が大きく揺らぐ。
生命システムの柔らかさをしめす「揺らぎ」がどの程度存在して、進化、細胞分化、共生など高次生命現象にどのように関係しているかを議論する。実験進化を用いた生命複雑系への構成的アプローチを紹介する。
揺らぐ環境で生き残る生命システム
低効率で間違いの多い生命システムがどのように生き残ってきたのか?
生命システムは機械に比べて低速で不正確である。たとえば、コンピュータの素子は一秒間に10億回の計算をし、間違う確率は10-80以下である。一方、代表的な生命システムである細胞では各分子が一秒間に100回程度の処理を行い、間違う確率は10−4程度である。これらの分子が集まって働く遺伝子代謝制御系になると、100秒より速い応答時間を示すことはほとんどない。また、そのような遺伝子代謝制御系は間違う確率が10-1程度あることがわかってきた。これは、生物の制御系の部品が大きく揺らいでいるからである。細胞とジャンボジェット機らの部品の種類数がほぼ同じであることを考えると、我々は、10回に一回は間違いを起こす制御系を多数搭載したジャンボジェット機に搭乗しているようなものである。それでもなお、墜落しないで、何とか秩序を保って暮らしているのである。 40億年の進化の中で、なぜこのような低速で不正確なシステムが生き残ることができたのであろうか?なぜ、揺らぎの少ない高効率なシステムに進化しなかったのであろうか? 細胞の中にある遺伝子の配列を無作為に変更しながら(突然変異をかけながら)、細胞を長い間一定環境で飼い続けてみた。具体的にはグルタミンというアミノ酸を合成する酵素の遺伝子にランダム変異を加えながら大腸菌を連続培養した。この酵素の活性がないと、グルタミンが合成できないので、大腸菌は死滅してしまう。この環境では、高活性な酵素を持った大腸菌が進化してくると予想されたが、実験結果はそうではなかった。大腸菌集団の中には高活性酵素をもった大腸菌も低活性酵素をもった大腸菌も共存していた。詳しく調べてみると、高活性酵素を持った大腸菌が生産したグルタミンが溶液中に漏れ出して、そのおこぼれによって低活性酵素をもった大腸菌が生き残っていることがわかった。細胞は油の膜でできているので、生産物が漏れてしまい、意図せずに競争相手と相互作用してしまうのである。実験環境を工夫して、この栄養による個体間相互作用を断ち切ってやると共存状態は壊れて、一種類の大腸菌の一人勝ちになってしまう。つまり、多種類の大腸菌が共存するには相互作用ネットワークが重要なのである。 個体間相互作用を断ち切った条件で実験進化を行うと生物部品でも非常に高速に機能するように進化させることができる。そして、高機能化に伴って、揺らぎが減少することが実験的に示された。つまり、生物部品といえども、高度に最適化すれば、揺らぎが抑えられ、機械システムの部品に近づくことも可能なのである。しかし、現在の生物では、個体間相互作用が避けられないので、個体レベルでは低速精製度でとどまり、揺らぎが多く残っているのであろう。
揺らぎが許す柔軟な環境適応
揺らぎが大きい生命システムは、常に最高の状態にとどまっていないので、効率は悪い。しかし、逆に、大きく揺らいでも壊れないので、環境変化が起こっても、システムの状態を変えて柔軟に対応できるのでなかろうか?
粘菌と大腸菌を同じシャーレの中で長期に培養してみた。はじめに増殖の速い大腸菌が増え、その後に粘菌が大腸菌を食べて増殖する。そして、ほとんどの大腸菌を食べ尽くした時点で粘菌は究極の選択を迫られる。すべての大腸菌を食べてしまえば、餌が無くなってしまう。しかし、食べなければ、餓死してしまう。このような状態で1ヶ月程度放置すると突然糖のポリマーで覆われた粘性コロニーが現れる。この中を観察すると粘菌と大腸菌が共生していることがわかった。このとき、粘菌は細胞体積を10%程度縮小していた。大腸菌は10倍膨張して、遺伝子ネットワークを調べみると、低速でエネルギー代謝を行うように変化していた。このような状態に変身した後は、この共生体は同じ環境でも簡単に増えるようになる。
実験室で捕食関係から共生関係に至った粘菌と大腸菌は、野外では接触がない。粘菌は森の中で、大腸菌は哺乳類の腹の中で、別々に進化してきた。仮に、それぞれの生物がそれぞれの環境で完全に最適化されていたとすると、実験室で出合っても共生関係に至ることはなかったであろう。相手のいない別々の環境で最適化された後に、相手が現れたら、むしろシステム全体の効率が落ちると考えられる。これは、別々に作られた2つの人工システムを後から想定外に融合すれば、相当の変更をしない限り、稼働しないことと同じである。独立に進化してきた粘菌と大腸菌が短期間に融合したことから、2つの生物が完全に最適化されていなかったと考えられる。高度最適化へ進まず、揺らぎが許す柔軟な環境適応能を維持していたからこそ、新しい共生ネットワークが生まれたのである。
柔らかさと相互作用で持続可能な社会ネットワーク
進化には2つのモードがあるだろう。ひとつは、生存競争に勝ち残っていくための個体機能の高度最適化である。高い機能を持った個体が集団を支配して、ほかの個体を淘汰する。その結果、個体の機能は機械のように高速高精度になる。しかし、個体機能の揺らぎが抑えられ、柔軟性が失われるので、最適化されたトップランナーは変動する環境では絶えず置き換えられる。
2つ目のモードは相互作用ネットワークへの協調である。個体数が増えてくると、隣の個体が漏らした生産物や情報などを無視することができなくなり、いや応無く個体間相互作用ネットワークが形成される。すると、個体の生存は周りの個体にも影響され、個体自体の機能高度化と直結しなくなる。むしろ、複雑なネットワークの中での調和が個体の生存にとって重要になってくる。このモードでは、機能は低効率でとどまるので揺らぎが残り、個体は柔軟性を維持する。その結果、変動する環境でも個体は自らを柔軟に変化させて生き残ることができるのである。
長い歴史をもつ生物(少なくとも単細胞生物)は低効率で揺らぎが大きい。おそらく、彼らは初期に最適化をあきらめて、大きな環境変動を伴った歴史の大半を地球規模の共生ネットワークとの協調路線を歩んできたのであろう。新参者である人類も効率最適化からネットワーク協調へと路線変更しなければ、人類だけでなく他の生物の種寿命にも影響を与えてしまう。
http://www-symbio.ist.osaka-u.ac.jp/sbj.html