『科学コミュニケーション〜生化学と社会との新しい関わりかた〜』
オーガナイザー:(菊地直子)

科学コミュニケーション
〜生化学と社会との新しい関わりかた〜

「あなたの研究は世の中にどう役立つのですか?」
 研究をしている人なら誰でも、一度はこの質問を受けたことがあるのではないでしょうか。また、研究テーマを選ぶとき、今までの研究をまとめるとき、自問してみることもあるかもしれません。このワークショップでは、「科学コミュニケーション」という考え方を学びながらあなたが研究者・科学を学ぶ人としてこれから社会にどのように役立っていけるかを皆で考えます。

「科学コミュニケーションとは。」
 では、科学コミュニケーションとはどんな概念でしょうか。簡単に言えば、『科学を社会の皆で理解し文化として育てていくために必要なコミュニケーション』のことです。遺伝子組み換え作物、ヒトクローンの問題など、社会的なイメージが研究に先行しているといった現象に見られるように、研究者側と市民側とのコミュニケーションが不足しているために問題が起きることがしばしばあります。研究の内容を家族に喋ってみたけれど、その意義をなかなか理解してもらえない、といった経験を持つ人もいるのではないでしょうか。 そのようなコミュニケーションの行き違いを無くすために、科学技術の進歩が専門家と非専門家、一般市民とが科学を今まで以上に深く多面的に捉えながら互いに双方向にコミュニケーションを取るための取り組みが、今、盛んになりつつあります。NPO団体による一般市民向けの『市民科学教室』や研究者やライター向けの『サイエンスライティング講座』などは新聞にも取り上げられ、社会を科学との関わりをもっと密にしようとする活動が増えています。また、主要大学でも科学コミュニケーションに関わる講座が次々と新設されています。北海道大学では科学コミュニケーター養成講座が今年からでき、科学の専門家と一般の人々とをつなぐスキルを身につけることができるようになりました。  

  「ゲノムひろばの取り組み」  今回お話いただく加藤先生は、2002年より毎年『ゲノムひろば』というイベントを開催し、ゲノムをメインテーマに研究者と市民、または研究者どうしの交流を深める場をコーディネートしていらっしゃいます。参加した研究者や学生からは「自分が研究をすることの意義を再確認し、社会勉強になった」「市民や全く分野が違う研究者との交流を通じて自分の研究を見直すことができた」等、大きな反響がありました。  このゲノムひろばの取り組みは、生命科学以外の分野、もしくは科学以外の学問についても、社会全体で学問の内容を理解しコミュニケーションをとる上で有効なモデルとして期待されています。

「科学は芸術に迫る」
  左の色彩豊かな写真は、植物の細胞骨格を染色したものです。最近では科学を自然の美として芸術的に捉える活動も行われるようになりました。加藤先生は、生命誌研究館で芸術作品として細胞の写真の展示会を開催するなど、芸術的な面から科学コミュニケーションへのアプローチも試みています。



「研究の手をちょっと休めて・・・」
 今回のワークショップでは、『科学コミュニケーションとは何か』『今なぜ科学コミュニケーションが重要なのか』といった概論から始まり、加藤先生がイギリス留学中に実際に体験された科学コミュニケーションを活性化しようとする社会的な動向を交えて、『どうしたら科学が文化として社会に存在していけるのか』を皆さんと一緒に考えて行きます。日々研究に打ち込んでいる方、研究を始めたばかりでこれから方向性を考えようとしている方、今は勉強中という方、それぞれが自分の研究または方向性を見つめなおす機会になれば幸いです。第一級の研究者を目指している方も、科学と社会のつながりに興味を持っている方も、研究の手をちょっと休めて加藤先生のお話を聞きに来てみてください。一緒に考えに来てみてください。次の日からの研究が一味違って感じられるはずです!


【加藤和人先生】 講師要旨

科学コミュニケーション
〜生化学と社会との新しい関わりかた〜

【講演内容の紹介】

科学コミュニケーションという分野は、この2、3年の間に急速に注目を浴びるようになっています。今年度からは、北海道大学、東京大学、早稲田大学に科学コミュニケーターや科学インタプリターを養成するための講座ができました。小・中学校や高等学校などの教育現場に研究者が出かけていって最新の科学を教える活動も活発になってきています。
これらの動きの背景にあるのは、日本の政府が、国を挙げて科学や技術を振興し、「科学技術創造立国」として国を発展させていこうという政策を策定したことです。この10年ほどの間に、巨額の研究費が科学研究に注ぎ込まれてきました。こうして大きくなった研究活動は、社会との接点を意識せざるを得ず、5年ほど前からは「生命倫理」が、この2,3年ほどは「科学コミュニケーション」が、重要なキーワードとして様々なところで話題になっています。
けれども、現在の状況は一言で表現するなら一種の「科学コミュニケーション・バブル」というような状態です。誰がどのような活動を行うのが良いのかがはっきりしないままに、とにかく多くのプロジェクトが走り始めているような気がします。結果として様々な課題が残されたままになっています。例えば、研究者に研究費獲得の見返りとして社会とのコミュニケーション活動を義務として課そうという動きがあります。けれども、義務として行うだけでは、決して質の高い活動が継続して行われるようにはならないでしょう。また、国の支援を受けて行われている活動の多くが、「国民に科学や技術を理解させる」という「普及」や「理解増進」という発想で行われていることも気になります。
私自身は、こうした最近の国主導の動きとは違うところから活動を始めました。今から約12年前のことです。具体的な出発点となったのは、イギリスでのポスドク時代に見聞きしたヨーロッパの様々な活動でしたが、それ以外にもいくつかのきっかけがあります。また、学部・大学院とポスドク時代を併せて約10年、分子生物学・発生生物学の研究現場にいたために、現場の研究者が関心を持つもの、面白がるもの、さらには研究者自身の研究活動に刺激を与えることができる活動を企画したい、と常に考えてきました。結果として、いわゆる教育活動よりも最前線の研究を伝えることにより強い興味を持っています。また、最前線の研究の動向について科学研究者と異分野の人たちとともに議論することに関心があり、そのため、ヒトゲノム解析やヒトES細胞研究の倫理的・社会的問題についても研究を行っています。
科学コミュニケーションは新しい分野であり、携わる人ごとに定義が違うというのが実情です。今回のワークショップでは、私の視点から見た科学コミュニケーションについてお話ししたいと思います。
具体的には、まず、1)科学コミュニケーションとは何か、2)イギリスを中心に80年代から活発になってきた科学コミュニケーションの歴史など、この分野全体を見渡す内容についてお話しします。その後で、私自身が取り組んできた実践的活動とその背景にある考え方などを紹介します。実践例として取り上げるのは、JT生命誌研究館において企画した「細胞の写真展」や、文部科学省の科学研究費特定領域研究ゲノムがゲノム研究者と一般市民・専門外の人々との交流イベントとして2002年〜2004年に実施した「ゲノムひろば」などです。これらの活動を通して私が感じているのは、質の高いコミュニケーション活動は、研究者自身が視野を広げる機会となる、そして、科学研究者と専門外の人が対等な立場で科学の文化的側面や社会的意義について考える機会となる、ということです。
私の話を通して、科学コミュニケーションという新しい分野の広がりと面白さについて知ってもらうと同時に、この分野が抱える課題についても一緒に考えていただければと思います。


【加藤和人先生】 略歴

【略歴】
昭和59年3月 京都大学理学部卒業
昭和61年3月 京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻修士課程修了
(岡田節人教授)
平成元年11月 京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻博士後期課程修了
(指導教官:近藤寿人博士)
平成元年11月 京都大学理学博士
(主査:竹市雅俊教授)
平成2年1月 英国ケンブリッジ大学動物学教室博士研究員
(Prof. J.B.Gurdon)
平成3年2月 同大学Wellcome/CRC がん・発生生物学研究所博士研究員(同上)
平成5年11月 JT生命誌研究館研究員
平成8年4月 JT生命誌研究館 サイエンスコミュニケーション&プロダクション部門 副ディレクター(兼任 〜平成13年1月)
平成10年10月 JT生命誌研究館主任研究員
平成13年1月 京都大学人文科学研究所・文化研究創成部門・助教授(現在に至る)
平成16年4月 京都大学大学院生命科学研究科・生命文化学分野・助教授(併任)(現在に至る)
 

委員など:
HUGO(Human Genome Organization ヒトゲノム国際機構)倫理委員会委員、
理化学研究所発生・再生科学総合研究センター研究倫理委員会委員、
『Genomics, Society and Policy』誌Editorial Board、ほか。

(参考文献:秀潤社『細胞工学』2003年9月号 
『展職』−キャリアを活かして他業界で生きる 第3回
京都大学人文科学研究所 加藤和人)

【論文・著書など(一部)】
1.Kato, K. The ethical and political discussions on stem cell research in Japan. In W. Bender, C. Hauskeller, and A. Manzei (ed.) CROSSING BORDERS: Cultural, religious and political differences concerning stem cell research, 2005, in press.
2. The International HapMap Consortium (including K. Kato). Integrating ethics and science in the International HapMap Project, Nature Reviews Genetics 5, 467 -475, 2004.
3.Kato, K. The Language of Present-day Biology and Biomedicine - Globalized Science meets Cultural Diversities. In "The Kyoto/Seoul Symposium on Linguistic Challenges in the Modern Sciences: First Movement" (T. Yokoyama and K. Y. Sik ed.) , Occasional Seminar Reports of the Institute for Research in Humanities No.7, 37-42, 2002.
4. 加藤和人「クローン胚と幹細胞研究−いま考えるべきことは何か」世界(岩波書店)、no.699, pp.88-98, 2002.
5. Mitsuishi, S., Kato, K. and Nakamura, K. A study of a new way to communicate science to the public - Through the creation of the Scientist Library. Public Understanding of Science 10, 231-234, 2001.

【科学コミュニケーションの活動歴(一部)】
平成14年〜16年 文部科学省特定領域研究ゲノム4領域主催の市民との交流イベント 「ゲノムひろば」に企画・運営の中心として実施に関わる。
(3年間計8回の来場者総数は延べ9700人、参加研究者は延べ1300人)
平成14年11月 東京・京都・福岡
平成15年11月 東京・京都・福岡
平成16年7月、8月 京都・福岡
同時に、パネルディスカッション「ゲノム談義」の進行役をつとめた。
平成15年1月 長野県諏訪清陵高等学校スーパーサイエンスハイスクール事業 
第5回「清陵サイエンスフィーラム21」において講演
講演タイトル「生命科学とは」諏訪市駅前市民会館
(この他に、平成13年〜16年、大阪府立天王寺高校、大手前高校など5校の生徒を対象に講演)
平成5年〜13年、JT 生命誌研究館において、雑誌編集・展示企画・ビデオ制作に従事。
ビデオ制作に関しては、プロデューサーとして企画した作品が、日本科学技術振興財団他主催の第40回(平成11年)科学技術映像祭において「内閣総理大臣賞」を受賞。

【研究室ホームページ】
http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~kato/index.html

【趣味・好きなこと】
テニス・自分の頭の中に世界のマップを作ること・子育て(趣味ではなく毎日奮闘中)

【若手研究者に一言】
流行を追うのではなく、10年後、20年後を見据えて、自分で考えたテーマに取り組んでほしい。他人の真似をするのではなく、自分でテーマを見つけよう。そのために、日本の大学院生やポスドクも、もっと独立した一人前の研究者になってほしい。私が3年10ヶ月を過ごしたイギリス・ケンブリッジで最も印象的だったことの一つは、初対面の人に対しても堂々と自分の研究の目的や意義を語る大学院生やポスドクの大人びた振る舞いでした。