栄養化学分科会

〜脂質代謝から広がるめくるめく細胞応答の世界〜

講師
内田 浩二 先生 (名古屋大学大学院生命農学研究科 助教授)
佐藤 隆一郎 先生(東京大学大学院農学生命科学研究科 助教授)


わが国は1975年以後、飽食の時代に突入し、脂質の過剰摂取ひいては生活習慣病が問 題になっています。生活習慣病の多くは脂質代謝調節の不具合を引き起こしており、 脂質代謝異常症と言っても過言ではありません。近年、盛んに行われている脂質研究 から、生体は、分子会合しやすい脂質の代謝、機能発現に細胞の内外で巧みな仕組み を使っていること、さらに、その仕組みと疾病の関係が明らかにされつつあります。 そこで、佐藤隆一郎先生に脂質代謝、特にコレステロール代謝調節機構の基本的な所 から最新の情報まで、幅広くお話ししていただきます。

さらに脂質はその代謝過程から様々な脂質メディエーター(生理活性脂質)が産生します。これらは,細胞の分化や増殖,さらには血圧調節,炎症免疫反応,神経機能な どを微妙に調節しています。なかでもプロスタグランジンは、細胞内においてアラキ ドン酸からシクロオキシゲナーゼの作用により生成する脂質メディエーターであり、 生体内でそれぞれ特異的な受容体を介して多彩な作用を示します。内田浩二先生は、 プロスタグランジンD2がさらに反応して生成したシクロペンテノン型プロスタグラン ジンの生理活性についてお話くださいます。

このように一昔前は遅れをとっていた脂質研究も、今や盛んに繰り広げられています。その第一線で活躍する先生方にお話を伺う絶好のチャンスです!!脂質代謝の過 程で細胞はどのような応答反応を示すのか?私自身も非常に興味があります。皆さん ふるってご参加下さい。


オーガナイザー
遠山 朋子(椙山女学園大学大学院生活科学研究科食品栄養科学専攻)
福智 喜子(椙山女学園大学大学院生活科学研究科食品栄養科学専攻)


講演要旨

シクロペンテノン型プロスタグランジンの生化学
講師:内田 浩二 先生 (名古屋大学大学院生命農学研究科 助教授)

 プロスタグランジン(PG)は、細胞外からの生理的・病理的な刺激に応答し、シクロオキシゲナーゼの作用によりアラキドン酸から生成される生理活性物質であり、ほぼ全身で産生され、局所で多彩な作用を発現し、生体のホメオスタシスの維持に関わる重要な脂質メディエーターである。PGのうち、PGD2は中枢神経系において睡眠誘発、体温低下、黄体ホルモン分泌抑制、痛みや匂いの応答の調節などの作用を示し、末梢組織では肥満細胞から放出されるアレルギーのメディエーターとして、末梢血管拡張、気管支収縮、血小板凝集阻害などの生理作用をもつことが知られている。このように生物学的に極めて重要な役割を担うPGD2には、本講義のトピックスであるJ2型シクロペンテノン構造をもつPGの前駆体であるという、もう一つの見逃すことのできない一面がある。本講義では、PGD2にはみられない極めて興味深い生理活性を有するシクロペンテノンPG(特にPGJ2類)に焦点を当て、これまでの研究動向について解説する。

 J2型シクロペンテノンPGは、PGD2の非酵素的脱水反応により生成するものと考えられ、これまでにPGJ2、D12-PGJ2、および15-deoxy-D12,14-PGJ2 (15d-PGJ2) の3種類が報告されている。ごく最近の論文でも、PGD2からこうしたPGJ2類への変換経路としてPGJ2→D12-PGJ2→15d-PGJ2が採用されているが、すでにこの経路は間違いであることが判明している。PGJ2は別々の経路でD12-PGJ2および15d-PGJ2に変換されることが明らかになっており、PGJ2から15d-PGJ2への脱水・異性化は非触媒的に、またPGJ2からD12-PGJ2の異性化には血清アルブミンが関与する。こうしたPGJ2類は、これまでのところ特異的な細胞膜受容体の存在は知られておらず、脂溶性低分子化合物と同様の仕組みで細胞へ取り込まれるものと考えられている。細胞内では、核などのオルガネラへの移行が報告されていることから、結合タンパク質の存在が示唆される。シクロペンテノン構造を有することから、タンパク質などの求核性化合物と速やかに反応するものと考えられ、特にチオール基との反応性に富み、グルタチオンとの付加体生成が知られている。こうした反応性は、次に述べるシクロペンテノンPGの生理作用と密接に関連している。シクロペンテノンPGはその多様な生理作用から多くの研究者の興味を引いてきた。特に、細胞分化誘導活性、細胞増殖抑制、抗転移活性、抗腫瘍活性、抗ウィルス活性などを示すことから、癌治療への新戦略としての期待がかけられてきている。また、シクロペンテノンPG類による解毒酵素誘導を伴う細胞応答が見いだされ、癌治療だけでなく癌予防との関わりが示唆されている。特に、グルタチオン S-トランスフェラーゼなどの第II相解毒酵素を速やかに誘導し、さらにその誘導機構はイソチオシアネート類などのMichael reaction acceptorsと呼ばれる解毒酵素誘導物質と全く同様であることから、癌予防化合物に典型的な解毒ポテンシャル増進効果をもつことが明らかになっている。このほか、最近では脂肪細胞分化に関わる核内受容体PPARg (peroxizome proliferator-activated receptor g) の内因性リガンドとして、シクロペンテノンPG類のうちでも15d-PGJ2が脂肪酸代謝酵素の転写調節に関与していることが示唆され、大きな話題となった。一方、こうした一面ポジティブな生理作用以外に、シクロペンテノンPGにはその反応性ゆえに代謝毒としての作用についても明らかになっている。その一例として、シクロペンテノンPG類が、ヒト神経芽細胞腫に対して劇的に酸化ストレスを誘起し、強い毒性作用を示すことが判明している。こうしたデータから、中枢神経系において必須なシクロペンテノンPG類の神経変性疾患原因物質としての可能性が示唆されている。

 このようにシクロペンテノンPGは様々な生理作用を示すことが明らかになってきているが、シクロペンテノンPG本来の生理活性はいまだ明らかになっておらず、内在性化合物としての細胞機能を明らかにすることが当面の目標である。特に、特異的結合タンパク質や受容体の存在の有無は早急に明らかにされなければならない。また、シクロペンテノンPGの化学構造修飾による機能改変も試みられており、医薬などへの応用に期待がかかる。

参考文献
1. Kawamoto, Y., Nakamura, Y., Naito, Y., Torii, Y., Kumagai, T., Osawa, T., Ohigashi, H., Satoh, K., Imagawa, M., and Uchida, K. (2000) Cyclopentenone prostaglandins as potential inducers of phase II detoxification enzyme: 15-deoxy-D12,14-prostaglandin J2-induced expression of glutathione S-transferases. J. Biol. Chem. 275, 11291-11299.
2. Kondo, M., Oya-Ito, T., Kumagai, T., Osawa, T., and Uchida, K. (2001) Cyclopentenone prostaglandins as potential inducers of intracellular oxidative stress. J Biol Chem. 276, 12076-12083.



転写制御を介した脂質代謝調節機構  
講師:佐藤 隆一郎 先生(東京大学大学院農学生命科学研究科 助教授)

高齢化社会を迎える日本において、生活習慣病は今後ますます増加が予想される疾患である。生活習慣病の多くは脂質代謝異常症ととらえることも出来ることから、脂質代謝調節機構の詳細と全貌を明らかにすることはこれら疾病の予防、治療へと結びつくことが期待される。
コレステロール代謝の中心的役割を演じるLDL受容体は、細胞内のコレステロール量が減少するとその数を増やし、増加すると細胞表面の発現量を減らし、細胞内コレステロール量の恒常性を維持している。この発現調節に関与する転写因子として精製されたSREBP ( Sterol Regulatory Element-binding Protein )は、転写因子にも関わらず合成後、膜タンパク質として小胞体上に局在する。細胞内のコレステロールが減少すると、細胞質に突き出たN末端側が切断され、bHLH-Zip領域を含む活性型が核へと移行し、核内でLDL受容体をはじめ、コレステロール合成経路の諸酵素の発現を亢進する。SREBPファミリーには互いに構造の酷似したSREBP-1とSREBP-2が存在し、SREBP-2はコレステロール代謝関連遺伝子をSREBP-1は脂肪酸代謝関連遺伝子の発現調節をすることが明らかになり、SREBPはコレステロール代謝のみならず広範囲な脂質代謝を調節することが明らかになっている。さらに、SREBP-1はインスリンによる発現制御を受け、インスリン刺激により誘導されるリポジェニック酵素の発現亢進はほとんどSREBP-1に依存することも明らかにされている。
コレステロールは肝臓において胆汁酸へと異化され、いずれこれが体外へと排泄される。コレステロール代謝と胆汁酸代謝がどのようにリンクしているのかについて分子レベルでの詳細はこれまで不明であった。コレステロール合成の最終産物であるコレステロールの一部は細胞内で酸化を受け、酸化ステロールとして存在する。この酸化ステロールはLXR (Liver X Receptor)のリガンドとしてLXRを活性化し、コレステロールから胆汁酸異化への律速酵素であるCYP7aの発現を亢進し、胆汁酸異化を促進する。また同時に、LXRは小腸においてコレステロール排出を担うABCトランスポーターABCA 1の発現を増加させ、コレステロール吸収を減少させる。さらに胆汁酸は細胞内で、FXR(Farnesoid X Receptor)のリガンドとして機能し、CYP7aの発現を抑制し、胆汁酸合成を阻害する。このようにして、コレステロール・脂肪酸代謝を制御するSREBP、胆汁酸代謝を制御するLXR、FXR がそれぞれ固有の応答遺伝子の転写制御をしつつ互いにクロストークし、包括的に脂質代謝調節される全体像が次第に明らかになりつつある。

参考文献 蛋白質核酸酵素 45、2612-2623、 (2000)