再生医科学分科会

ヒトの組織や臓器は再生できるか?
〜再生医療工学(tissue engineering)〜

講師
筏 義人 教授  (鈴鹿医療科学大学医用工学部)


皆さんは、プラナリア(ナミウズムシ)という生き物を聞いたことがありますか?淡水に住んでおり、ナメクジに似た体長1cmほどの生き物です。このプラナリアという生き物は、大変興味深い能力を持っています。なんと、頭部・中部・尾部の3つに横断しても、6週間もすれば小さいながらも完全な個体に再生するのです。その他にも、イモリやヒトデなども高い再生能力を持っています。そしてこの再生能力は、高等動物へと進化するにつれて低くなってきます。ヒトでは、皮膚の傷は何もしないでも治りますが、多くの組織や臓器は何もしないと再生しません。

しかし最近、これらの組織や臓器も条件を整えてやることで、再生することが分かってきました。技術の進歩に伴い、再生を助けるような場所や再生を促す刺激を与えることによって再生できるようになってきたのです。

人体が持っている潜在能力を引き出してやることによって、組織や臓器を再生することができれば、新しい医療の可能性が開かれます。例えば、臓器移植や人工臓器より優れた治療法として期待できます。なぜならヒトの体から生み出されたものなので、免疫反応や数不足を心配する必要が無いからです。その他にも、再生医療工学は大きな可能性を秘めています。今回は、再生医学の技術開発をリードされてこられた筏 先生をお招きして、この新しい再生医療工学という分野について皆さんと考えたいと思っています。多くの方のご来聴お待ちしております。


オーガナイザー
赤木明生 (京都工芸繊維大学繊維学部応用生物学科)


講演要旨

再生医学へのアプローチ
講師:筏 義人 先生(鈴鹿医療科学大学医用工学部)

再生医学を一口で定義すると、治療のために細胞を用いて生体組織や臓器を再生することである。現在、医薬で治療できないほど大きく組織や臓器が欠損すると、人工臓器か臓器移植によって治療が行なわれている。しかし、この両者ともに解決の困難な問題を抱えている。再生医学によってこれらの問題が解決され、期待どおりに組織と臓器の再生が実現すれば、それは究極の医療となるだろうと云われている。
しかし、組織と臓器は本当に再生できるのであろうか。ヒトのES細胞が分離できるようになったのであるから、その万能細胞から、文字通り、どのような組織でも臓器でも再生できるはずだという声も聞こえてくる。再生が実現するまでの研究期間に期限を付けなければ、その主張は正しいであろう。
しかし、5年あるいは10年という期限を付けると話は変ってくる。もしも、受精卵からのES細胞による再生となると、得られるのは同種組織あるいは同種臓器であり、免疫拒絶という大きな壁にぶつかる。遺伝子組換えによってその抗原を除去すればよいかもしれないが、それが可能となって広く臨床に応用されるまでには、あまりにも長い年月を要する。
それに対し、自己細胞からの再生となると、免疫拒絶反応も倫理問題もなくなり、実験動物に成功すれば、それが患者の治療に生かされるのに長い年月を必要としない。しかし、患者から得られる細胞の量が少ないことも多いため、その数を増幅することも必要である。増幅中に望ましくない方向に分化してしまったり、脱分化すれば厄介であり、それを回避する方法を探らなければならない。
一方、幹細胞、前駆細胞、芽細胞などが患者から必要な量だけ得られても、そのままでは、複雑な三次元形態をもつ組織や臓器の再生はきわめて困難である。その理由は、組織の欠損が生じると、そこには細胞外マトリックスも欠落しているからである。受精卵から胎児に生長していくときには、タイミングに合せて細胞外マトリックスも生成してくるが、生長後に外傷やガンなどによって大きく組織や臓器が欠損すると、そこには細胞外マトリックスも何も存在しない。そこで必要となるのが再生の場づくりである。すなわち、適当な三次元形状をもつ人工細胞外マトリックスの提供である。多くの場合、再生の速度を高めるために細胞増殖因子も供給しなければならないであろう。それも、単に増殖因子の水溶液を再生の場に注入するだけでは、直ちに増殖因子が周囲に拡散してしまうため、ドラッグデリバリーシステム(DDS)が必要となる。
生体内で組織や臓器の再生を行う場合にはそこの生体環境が必要な指図を与えてくれるが、生体外での再生となると、すべてわれわれが必要な道具立てを整えなければならない。それに必要な生化学的知識はまだまだ不足している。
このように、再生医学を患者の医療に役立たせるためには、多くの分野の参加が必要である。本分科会においては、若い諸君の今後の勉学の参考のために、その一つの例として再生医学について語る。