酸化ストレス分科会
「人はなぜ病気になり老いるのか−−酸素の功罪を考える−−」
講師
高木 昌宏 先生 (北陸先端科学技術大学院大学・材料科学研究科)
浦野 泰照 先生 (東京大学大学院薬学系研究科)
現代科学は不老不死を可能にするのか?本分科会では、人類にとって古代からのテーマである課題に酸素という視点から考えます。
今から約40億年前に地球上に現れた生物は酸素を必要としない生物でした。ところが、光合成を行う生物ストロマトライトが誕生し、海中や大気中に酸素を放出することで、生態系に大きな影響を及ぼしました。好気性生物の誕生です。現存する生物の多くは好気性生物であり、これらは生命活動に必要なエネルギーを酸素を利用することで効率よく利用しています。このように、酸素が我々にとって必要不可欠であるものとして知られている一方で、酸素が潜在的に持つ高い反応性(活性酸素やフリーラジカル)が体内で良からぬ働きを起こしていると考えられており、現在までに活性酸素やフリーラジカルが動脈硬化をはじめとする様々な疾病や老化に関与していることが明らかにされております。
本分科会は、第一線で活躍されている2人の若手研究者の先生方にご講演していただき、両刃の剣である酸素の功罪について議論を交わしていこうというものです。浦野先生には活性酸素・フリーラジカルとはなにか?いかにして活性酸素やフリーラジカルを見るか?について、高木先生には活性酸素が引き起こすストレスが細胞にどのような影響を与えるか?について先生方の研究内容を交えながらお話ししていただく予定です。基本的な内容からこの分野の第一線で行われている研究まで幅広く楽しめると思います。また、参加したみなさんを交えて討論する時間も用意しております。
果たして酸素の毒性をコントロールすることでいつの日か不老不死の人間を作り出すことができるのでしょうか?答えは会場で!
オーガナイザー
渡辺 亮(東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程)
河合 慶親(名古屋大学大学院生命農学研究科応用分子生命科学専攻博士課程)
講演要旨
ストレスをどう処理するか?
(ストレスシグナルの一様性と多様性)
講師:高木 昌宏 先生
(北陸先端科学技術大学院大学・材料科学研究科教授)
「ストレス」と一言で言っても、その原因や内容は様々です。簡単に定義すると、勉強や仕事の悩み、家族や友人との人間関係、あるいは自分自身の健康などの処問題を自分の力では処理しきれない時にストレスを感じます。原因は色々でも、あの何もやる気のしなくなるような倦怠感は、「ストレス」としか呼びようがない共通点を感じます。
我々人間に限らず生物は常に様々なストレスに晒されながら生きています。そのストレスが細胞の死滅を招き、細胞障害の蓄積が個体レベルでの老化や死滅へと繋がると言えます。我々は、熱、光、重金属毒性等による細胞死について研究を行っている途上で、種々の物理化学的ストレスは、共通する限られたシグナルに変換されて細胞に伝わっているのではないかと考えるに至りました。つまり、物理化学的ストレスは、細胞表層において例えば膜 x脂質の過酸化のような酸化的ストレスとして処理され、その結果ストレス応答タンパク質群のスイッチが入り細胞がアポトーシスを引き起こしたりしていると考えられました。しかし、ストレスの種類に関わらず刺激の伝達経路が同じかと言うと、決してそうではありません。
本講演では、紫外線、光、重金属などの物理化学的ストレスシグナルを取り上げ、動物・植物細胞における変換・応答機構の共通点(一様性)と相違点(多様性)を論じ、細胞のストレスシグナル変換メカニズムについて考察し、さらにその防御のメカニズムをバイオテクノロジーの技術により医療、食糧、環境の側面に生かす考えについても触れたいと思います。
【方法・結果】
我々は、重金属、光、紫外線等の刺激により程度は異なるが共通してアポトーシスが動物細胞において誘導されることを見いだしました。一方、植物や藻類などでは、細胞内の重金属イオン除去のために重金属を捕捉できる一般式(γGlu-Cys)n-Gly (n=2〜11)で表わされるポリペプチド(ファイトケラチン;phytochelatin(P -C))を生産しており、動物培養細胞(Jurkat細胞)において、PC添加によりアポトーシスを抑制する事がわかりました。さらに、アポトーシス抑制遺伝子であるbcl-2は、光、UV、重金属等、広範な物理化学的ストレス細胞死を抑制できることが示され、これらの刺激シグナルはアポトーシスに至る共通のシグナル伝達経路を経由していると考えられました。しかし詳細に解析を行うと、死滅率を揃えても刺激によってアポトーシス小体の出現頻度に違いが認められたり、DNAラダーの明瞭さに明らかな違いがあり、物理化学的刺激の種類に特徴的な相違点も見つかっています。現時点での我々の知見としては、UV, 光、重金属の順番で、いわゆるアポトーシスシグナルが強く流れていると推察できました。MAP キナーゼカスケードの活性化、脂質過酸化の特徴や、植物ペプチドを動物細胞に作らせてストレス耐性を付与したりした、我々の最近の研究成果についても紹介させて頂きたい。
E-mail:takagi@jaist.ac.jp
活性酸素種(ROS)を種特異的に検出可能な
蛍光プローブの開発
-生体におけるROSの真の役割って何だろう?-
講師:浦野 泰照 先生(東京大学大学院薬学系研究科)
活性酸素種(Reactive Oxygen Species; ROS)は、炎症、動脈硬化、発癌など各種疾患や情報伝達系への関与が示唆され、注目を集めている。しかし一方で、ROSの効果は「酸化ストレス」という1つの概念的な単語に集約されることも多く、生体におけるROSの真の役割の解明には至っていない。
一般に細胞応答へのROSの関与は、各種ROS生成系へ暴露した際の応答の変化、及び種特異的(と考えられている)消去剤の添加やSOD、カタラーゼといったROS消去酵素系の添加による応答の変化によって示されることが多い。しかしながらこのアプローチには、生理的に意味ある量のROSによって応答が本当に引き起こされるのか、消去系は細胞応答に関わる場所で起きているのか、添加した消去剤は本当に種特異的か、など様々な問題が存在し、このためROSの役割に関する議論が混沌としていると言っても過言ではない。そこで我々は、生きた細胞から生成するROSを種特異的に蛍光として検出できれば、ROSの生体における役割を研究する上で強力なツールになり得ると考え、ここ数年研究を行ってきた。つまり、「ROSを種特異的に検出することが可能な蛍光プローブの開発」である。
ROS検出蛍光プローブとして、これまでにもいくつかの化合物が開発されてきた。その代表例として2',7'-dichlorodihydrofluorescein(DCFH)が挙げられるが、DCFHはROS間の種特異性に乏しく、また励起光を照射するだけで蛍光が増大してしまうなど、多くの問題点を抱えている。このため最近では、DCFHを用いた実験結果の解釈に疑問を投げかける報告も多く見られ、ROSの役割に関する議論はますます混沌としてきている。
このような状況の中、我々はまずfluorescein類の蛍光特性を独自の観点から分子軌道計算を用いて解析し、光誘起電子移動過程によって蛍光特性がコントロール可能であることを明らかにした。これは、望みの機能を持つ蛍光プローブのRationalなデザインを可能とする画期的な知見であり、実際我々はこの知見に基づいて、以下に記すROS検出蛍光プローブの開発に成功した。
・NOを特異的に検出可能な蛍光プローブ(DAF類)
・OHラジカルなどの高い活性を持つROSのみを検出可能な蛍光プローブ(HPF, APF)
・1O2を特異的に検出可能な蛍光プローブ(DPAX、DMAX類)
これら3種のプローブの詳細については当日紹介するが、いずれのプローブとも特異性、検出感度の点で非常に満足のいくものであり、DCFHの欠点を充分克服するだけでなく、ROS研究領域に新たな知見をもたらしうるものと考えている。
さて一口にROSと言っても、O2-、H2O2、・OH、1O2など様々な活性種が存在し、さらに広義ではNO、ONOO-、LOOH、LOO・などもROSに含められる。これらの中で、例えばNOが他のROSとは大きく異なる役割を担っていることは周知の事実となったが、一方でその他多くのROSには、特に生化学領域では、「酸化ストレス」の名の下に括られる共通の役割しか与えられていないことが多いことは冒頭でも述べたとおりである。もちろん中にはある種のROSのみが特異的にある細胞応答に関わっているとする論文もあるが、この様な論文はどちらかというと少数派である。私は、化学的な側面からROS研究を行ってきた経験から、各ROSは反応性という意味で充分個々に特徴的であり、よって生体内において別個の役割を担っている可能性は大きいと考えている。このような意味で、化学者と生化学者のROSに対する考え方には大きな差があることを近年とみに実感しており、今後両領域の研究者間でのディスカッションが非常に重要になってくるのは間違いない。今年の夏の学校がこの一助となることを期待しつつ、私自身も参加される方々と有意義なディスカッションができることを楽しみにしている。
・"Rational Design of Fluorescein-based Fluorescence Probes. -Mechanism-based Design of a Maximum Fluorescence Probe for Singlet Oxygen-" Kumi Tanaka, Tetsuo Miura, Naoki Umezawa, Yasuteru Urano, Tetsuo Nagano et al., J. Am. Chem. Soc.,123, 2530-2536 (2001).
・ "Fluorescence Switching by O-dearylation of 7-Aryloxycoumarines. -Development of Novel Fluorescence Probes to Detect Reactive Oxygen Species with High Selectivity-" Ken-ichi Setsukinai, Yasuteru Urano, Tetsuo Nagano et al., Perkin Transaction 2, 2453-2457 (2000).
・ "Fluorescent Indicators for Imaging Nitric Oxide Production" Hirotatsu Kojima, Yasuteru Urano, Kazuya Kikuchi, Tsunehiko Higuchi and Tetsuo Nagano, Angew. Chem. Int. Ed., 38, 3209-3212 (1999).
・"Novel Fluorescent Probes for Singlet Oxygen" Naoki Umezawa, Kumi Tanaka, Yasuteru Urano, Tetsuo Nagano et al., Angew. Chem. Int. Ed., 38, 2899-2901 (1999).