〜昆虫を誘惑する香水〜
それは,多種多様な化学物質が色んな割合で混合しあった産物なのです.例えばバラでは500種以上の化学物質が混合しているといわれています.このように複雑に見える花の香りも,実は,訪れる昆虫の好みにしたがって,変化する傾向があるのです.例えば,系統的には遠縁の植物でも同類の昆虫に送粉されている場合,似たような化学物質を持つ,つまり香りが似ていることがあるのです.
次々に疑問が沸いてきますね.
何故,遠縁なのに香りの成分は似ているのか? 近縁でも送粉者が異なれば,香りの成分は異なるのか? 香りの成分は送粉者とどのような相互関係を保ちながら進化してきたのか?
さらに,植物達は昆虫を誘引するためだけではなく,化学物質を用いて他の植物の繁茂を押さえたりしています.この現象をアレロパシーと言います.アレロパシーに,昆虫のための香水.植物の,目には見えない化学物質間の取引.この分野の最新情報を九州大の三宅先生に語っていただきます.花の香りは昆虫のみならず,あなたをも誘惑するかも知れません.
オーガナイザー
内田あゆほ (北海道大学地球環境科学研究科地域生態学講座)
津田賢一 (北海道大学地球環境科学研究科分子生物学講座)
植物とその花に訪れる昆虫の間には密接な関係がある.動物媒植物の多くは,昆虫に花を訪れてもらうことで他個体と花粉をやりとりし(送粉),次世代に子孫を残す.また,訪花昆虫の多くは,餌資源として花の蜜や花粉を利用している.このような双方にとって利益となる昆虫の訪花を容易にするために,花は花弁の色・大きさ,香りなどといった広告を使っている.
訪花昆虫には様々なグループがある(例えば甲虫,チョウ,スズメガ,ハチ,ハエ等).これら形態の異なるどのグループの昆虫が来ても同等に送粉されるということはまずありえない.そのため花は,送粉者相を狭め(=歓迎する昆虫グループを特定化する),その昆虫が訪花したときに効率的に送粉が行われるような形態に進化してきた.この時,広告も,その昆虫の特性に合わせて進化してきた.このような送粉昆虫グループと花形質の対応関係を送粉シンドロームという.第1に香りに関するこのような対応関係についてレビューする.
さて,送粉における植物と昆虫の関係は,一見相利的なものに見えるが,果たしてそうだろうか?昆虫側の「裏切り」にあたるのは,「報酬(花粉・蜜)はもらうが,花粉は運ばない」というものであろう.これは,盗蜜といって,しばしば見られる現象である.一方,植物側の「裏切り」にあたるのは,「花粉は運んでもらうが,報酬はあげない」というものであろう.このようなことを行う花を「騙し花deceptive flowers」というが,何故昆虫が騙されてしまうのか?それは広告が報酬を期待させるようなものだからである.第2に,このような騙しにおけるパターンと,そこでの香りの役割をいくつか例示する.
昆虫が広告を頼りに訪花する場合,同じ広告を発している花間を移動し,すなわち同類交配を促進することになる.従って,香りという広告に種内変異があって,複数の昆虫種が別の反応をする場合,それは交配隔離につながるかも知れない.第3にこのような香りなどの広告を介した交配隔離の可能性について触れる.
以上は送粉というステージに限った話であったが,植物が匂いという信号を昆虫に出す場面はほかにもある.それは植物が加害されたときである.植物は加害されたときに匂いを出して,植食者の天敵を誘引する.植物−植食性昆虫の幼虫−寄生蜂の系や,植物−植食性ダニ−捕食性ダニの系が有名であるが,このような系では,物質レベルでの解析が進むと同時に,遺伝子の発現レベルの研究も近年行われている.これらについて,現在までにわかってきたことを簡単にレビューする.