シグナルパターン分科会

エレクトリックに感じちゃウ!
〜生命現象の醍醐味を味わう〜

講師
都甲 潔 教授 (九州大学システム情報科学研究科電子デバイス専攻電子機能材料工学講座)
尾崎美和子 先生  (理化学研究所脳科学総合研究センター神経構築研究チーム)


 意識、思考、感情などのいわゆる高次生命現象は生命の神秘ともいえるブラックボックスの中にあります。しかしそれは私達の知る限り、生命現象は物理化学によって説明できる現象に違いないはずです。
ただ生命現象は多数の要素が複雑にかかわりあっているので、すべての要素を把握してその現象を考えようとしても人の理解の能力には及ばないものがあります。
 例えば、美味しいものばかり食べていると「舌が肥える」という表現が用いられますが本当に舌が変わってしまうのでしょうか。それとも、脳のネットワークが変わってしまうのでしょうか。
どう調べればいいのでしょうか?
 そこで、この分科会ではシグナルパターンをキーワードに精力的に研究をなさっている都甲潔先生、尾崎美和子先生をお招きしました。普段身近な味覚で、世界で初めて人工の味覚センサをつくられた都甲先生には「センサをつくることで何が分かったのか?」を中心に、そして、脳細胞のシグナルを研究しておられる尾崎先生には「レセプターシグナルがなんであれ特定の入力シグナルによってその細胞の運命が決まる」ということを、お話して頂きます。

 要旨を見て頂きたいのですが、このような独創的な観点からのアプローチが、如何に我々が生命現象を理解するのに役立つのかということ、また、我々が細胞のレベルでもまだまだ未知な領域があったということをこの分科会を通して味わってみましょう。


オーガナイザー
中川 豪 (徳島大学大学院人間・自然環境研究科自然環境専攻)



講演要旨

「シグナルパターンから味を測る」
講師:都甲 潔 先生 (九州大学システム情報科学研究科電子デバイス専攻電子機能材料工学講座)

「おいしさ」って何でしょう.カレーライスやラーメンはほとんどの人が好きですけど、たとえば納豆では好き嫌いがはっきりと分かれます。ある人は、おいしいといいながら食べますが、ある人は、糸を引いて気持ち悪いっ、といって全く受け付けません。ラーメンにしても、醤油味のラーメンが好きな人がいれば、とんこつ味のラーメンが好きな人もいます。
 というわけで、どうやら人の食に対する嗜好性、おいしさ、は千差万別のようです。つまり、味って各人によって違うもので、科学の目で見ることはむつかしいように思えます。
 センサーは五感を再現、そしてそれを超えることを目的としており、人のもつ主観的かつあいまいな感覚を定量化することを目指すものです。
 それでは、味を測ることは可能なのでしょうか?
 答えはイエスです。味を測るセンサー、つまり味覚センサーの研究・開発は1985年に始まりました。味覚センサーは従来のセンサーとは設計思想を全く異にします。味覚センサーは、ソフト面では選択性は不要という概念、ハード面では生体材料使用、という2つの革新的思想をもって開発されました。また時間や長さにおいて主観と客観が共存できるものなら、味にも客観的ものさしを与えることができるはずだという信念で開発されました。
 味物質を受容する部分は脂質と高分子をブレンドした膜からできており、複数の脂質膜からなる電位出力の応答パターンから味を識別します。脂質は、生体膜の構成成分です。つまり、脂質膜が味物質と相互作用し、それが電圧として出力されるのです。脂質膜は通常8枚用います、ある膜は酸味によく応答し、またある膜は苦味によく応答するといったからくりです。私たち生物も、生体膜で味を受容し、神経の興奮パターンから味を認識します。
 味覚とは、本来口に入るものが安全か毒かを迅速に判断するための感覚でした。たとえば、強い苦味や酸味は避けるべき毒のシグナルです。生物は外界を認識するセンサー(五感)を有しているがゆえに、この地球上を謳歌しました。しかし、人間は自分の五感ではもはや認知、制御できないほどの物質や力を得るに至り、今度はそれらを認識、制御できる人を超えたセンサーを必要としています。それが味覚センサーです。
 また5基本味の受容メカニズムについても、苦味の受容体がタンパク質であるか、脂質であるか、異論があるところですが、味覚センサーはその解明にも貢献できるものと思われます。  味覚センサーを用いて、誰もがわかる「食譜」を創ること、これは新しい食文化の創造です。私たちは二、三百年も前のバッハやベートーヴェンの曲を演奏し、聴くことができます。それは本来、聴覚の文化であった音楽を、楽譜の形で視覚情報として保存することができたからです。味覚や嗅覚といった感性を表現するセンサー、感性バイオセンサーを用いて、今の食文化を後世に残すことが可能です。人類が母なる地球から宇宙へ飛びだそうという今、宇宙へ味や匂いのデータベースを送信することも可能です。
 21世紀はバイオとITの時代といわれています。感性バイオセンサーはこれまで全く未踏の地であった、人の味覚・嗅覚という感性を再現したものです。生物の機能を取り入れ、誰にもわかる感性情報のグローバル化を目指したものです。私たちは今、あの時間や長さのものさしが発明された古代エジプト時代にも相当する新しい食文化の黎明期にいるのです。

参考文献
1)K. Toko: Biomimetic Sensor Technology, Cambridge University Press, 2000.
2) 都甲 潔:旨いメシには理由がある,角川書店,2001.


神経活動変化による脳の可塑性の制御
講師:尾崎 美和子 先生 (理化学研究所・脳科学総合研究センター・神経構築研究チーム・研究員)

神経細胞の最も特徴的な性質は神経活動と呼ばれる電気的な活動がみられることである。その活動は発生の初期の段階では見られないが、発生分化が進むにつれより強い、様々なパターンの活動へと変化する。その神経活動のパターンにより遺伝子の発現、分布、タンパクのプロセッシング、リン酸化といった分子の挙動が制御されている。よって、この電気的なパターンを制御することにより、神経細胞および神経回路の機能を変化させることが可能である。
これまで、我々は複雑な神経活動のパターンのうちどのような信号が目的とする脳の可塑性の制御に重要であるかを調べてきた。その結果パターン情報のうち特に、周波数情報が重要であることが明らかになってきた。現在、橋-小脳路系(学習を必要とする運動系)に着目し、神経活動のパターンのもつ役割を明らかにし、脳を制御するため必要なプログラムを作成する試みを行っている。よって、引き続き神経活動のパターン情報の詳細を解読中である。また、解剖学的情報をもとに中枢神経系のための埋め込み型マイクロチップの開発を行い、実際にマウスの生体に応用し、神経細胞がもつ電気的なパターンを制御することにより失われた機能の回復と運動能力の開発の実験を試みている。
 この路線の仕事は網膜-視覚野の系で先行し、網膜にマイクロチップを埋め込むことにより、盲目患者から光りを取り戻すことに成功している。また、中枢神経系では、神経細胞がもつ神経活動のパターンを積極的に変えることにより、パーキンソン病やうつ病も治療できるという報告がアメリカから出されるようになってきまた。我々はこれを、橋-小脳路系を制御することにより、神経変性疾患、老化により発症する運動障害の治療に応用しようと考えている。

References
M.Ozaki (2001) The Neuroscientist (Review Journal) 7 (2) 146-154.
M.Ozaki, et. al. (2000) J. Neurosci. Res., 59, 612-623.
尾崎美和子(1999) 臨床神経科学(Clinical Neuroscience)17, 602-603.
尾崎美和子, 他(1999)実験医学, 17, 106-112.
A. Buonanno et. al. (1999) Curr. Opin. Neurobiol., 9, 110-120.
M.Ozaki, et. al. (1999) Neural Development., 2, 425-429.
M.Ozaki, et. al. (1998) Neurosci. Res., 30, 351-354.
M.Ozaki, et. al. (1997) Nature, 390, 691-694.
R.D. Fields, et. al. (1997) J. Neurosci. 17, 7252-7266.
K.Itoh, et. al. (1997) J. Neurobiol., 33, 735-748.