科学ジャーナリズム論実践分科会


17日: これが科学ジャーナリズムの問題点
--その具体的な解決方法--

講師
井上正男 氏(北國新聞論説委員)

 この講演の目的は、問題点を指摘するだけではなく、その解決方法を今すぐできる 形で具体的に示すことにあります。これによって、科学や技術の成果の何がメリット で、何が問題点なのかすぐには見極めにくいリスク社会に立ち向かうための、予見の できる科学的な科学ジャーナリズムの骨格となる全体像(図示)を提案し、現代科学 ジャーナリズムに関心を持つ若い科学者への私のメッセージとします。

 第一の問題点。科学ジャーナリストは、科学者の社会的責任を追及することはあっ ても、自らの社会的な責任と行動規範を自覚し、行動しているか、という問題です。 これに対し、私は報道・言論の自律の原則など4つの社会的な責任と、社会への影響 を予測するための科学論争への積極的な関与など11の行動基準をこれまでの経験を 整理したものとして提案しています。公平、公正と称して記者クラブ、科学者に依存 しているようでは予見のできる科学ジャーナリズムはつくれません。

 第二の問題点。科学ジャーナリストはリスク社会に対応する「新しい価値観」を持っ ているかという問題です。「科学的に確実な証拠はない」という科学万能の二十世紀 的な価値観ではなく、たとえば「疑わしきは予防措置をとるか、あるいは回避措置を とる」という大きな哲学を持ちたい。科学や技術の成果や問題点の中から「大きな哲 学」を生み出していく具体的な手段としては、リスク発見のためのリスク・コミュニ ケーションがあります。これは科学者と科学ジャーナリストが社会的責任を果たす手 段でもあります。「沈黙の春」のレーチェル・カーソンは、その著作に取り組む前に 大きな哲学となる「センス・オブ・ワンダー」を執筆しています。「不思議さに驚嘆 する感性」をみんなが持つべきだという(今では当然の)哲学があったからこそ、毎 年庭にやってくるコマツグミがなぜ次々と死んでしまうのかという友人からの手紙を きっかけに、その死とDDTの空中散布との因果関係の追及に乗り出し、歴史を変え る成果を上げ得たのです。

 第三の問題点。「良い」センセーショナリズムを発揮しているかという問題です。 良いセンセーショナルとは、社会的影響の大きさから「予見できなかったでは済まな い」ことを認識し、疑わしきは予防措置をとるという価値観(社会的合理性)を優先、 社会に対して行なう警告のことです。観察される事実と想像される原因の因果関係の 間には「科学的に確実な証拠はない」という科学者の慎重な発言を信じて、事実のみ を伝えるだけですますにしては、確証はないとはいえ、因果関係に科学的な合理性が ありすぎるケースではこの警告は重要です。これに対し悪いセンセーショナリズムと は、確証がないことをいいことに、社会的な合理性とは無縁な話題性を狙って意図的 に行なう「警告」のことです。良いセンセーショナリズムは、カーソンの事例でも分 かるように、11の行動基準の中でも重要なものです。この点に関して科学者側の誤 解もあるので、あえて別項にして取り上げました。解決方法としては、私の行動基準 でも書きましたが、「奪われし未来」のように、科学者と科学ジャーナリストが共同 して総合的に対象に迫る作業があります。この点について、私が金沢大医学部大学院 の研究者たちと始めている取り組みを紹介したい。

 第四の問題点。科学ジャーナリズムは独立したプロフェッション(社会的に認知さ れた専門職業集団)として必須の人材養成機関を持っているかという問題です。科学 技術政策論を含めて方法論を持った科学的な科学ジャーナリズムを構築するには、国 立大に科学ジャーナリズム大学院を新設する必要があります。

 以上に述べた解決策によって、予見のできる科学ジャーナリズムが可能かどうか、 最近の「BSE(いわゆる狂牛病)に関する調査検討委員会報告」(2002年4月)を 基に点検します。報告書では「重大な失政」を指摘するとともに、科学者と科学ジャー ナリストの社会的責任やリスク・コミュニケーションの重要性を指摘しています。

(井上さんは、京大物理大学院修了の理科系出身ジャーナリストです)