8月16日(金) 15:30-17:00 生物時計分科会


「生物時計にまつわる謎---分子達の織りなすフィードバック・ループ---」

 

講師
岩崎 秀雄先生  (名古屋大学大学院 理学研究科 生命理学専攻 助手)

はじめに(オーガナイザーによる紹介文)

 1953年、Nature誌上に数ページにも満たない論文が掲載された。DNA二重鎖の発見である。さらに、1956年にはセントラルドグマが提唱され、1960年にはオペロン説が発表されるに至り、遺伝子の実体と働きが物質レベルで理解できるということが明らかとなった。後に、分子生物学の世紀と呼ばれる時代の幕開けである。
 こうして、20世紀後半、圧倒的な勢いで分子生物学の旋風が吹き荒れ、生体の生理現象は解体され、後には膨大な分子生物学的知見が蓄積された。生命現象を要素に還元して理解するこの方法は、数々の成果と恩恵をもたらすこととなった。こうした研究の流れは、ゲノム全シークエンスの解明により頂点を極めることとなる。

そうして今、こうして得られた知見を統合し、いかに生体現象を再生・再構築していくのかという、細胞あるいは生物個体をシステムとして理解しようとする研究方法が注目を浴びている。

この研究を行うために、非常に優れたモデルとして期待されている現象がある。

―― 『生物時計』である。

 生物体内に時計があるのではないかという疑問は、近代生物学・生理学の勃興とともにその探求対象になったが、長い間、現象論的記載にとどまっていた。しかし、1971年、ショウジョウバエにおけるリズム変異体の発見により、生物時計の研究は、遺伝学の舞台にさっそうと姿を現すことになる。一方、生理学的研究では、生物時計の生体内における在りかの探求も急ピッチで進められた。1997年、哺乳類時計遺伝子Clock, Per1の発見により、遺伝学的な研究成果と生理学的な研究成果が結びつくことになった。この発見により、シアノバクテリアからヒトに至るまで、様々な生物に共通した生物時計発振機構が論じられるようになる。
 従来の研究では、ともすれば特化した因子のみに注目する傾向があった。しかし、生物時計は様々なシグナル伝達系や代謝系と複雑にカップリングし、それによって初めて環境適応に有利な特性を兼ね備えた強力な細胞内時間調整機構として機能することが明らかになってきた。それは、もはや局所的で単純な遺伝子のフィードバックで理解されうるものではなく、むしろ細胞全体の活動と見なされるべきものであろう。
 本分科会では、この分野での期待の新鋭、岩崎秀雄先生をお呼びして熱い議論を展開したいと考えています。分科会当日のみなさまのご参加と活発な議論をお待ちしております。

 


岩崎 秀雄先生による要旨

  •  生物には,脳波・心拍・細胞分裂周期・季節繁殖など,様々な周期的な時間パターン(生物リズム)が見られます。その中で,「リズム・時間」という観点から特によく研究されている現象が,概日(サーカディアン)リズムです。概日リズムは,文字通り「おおむね一日の周期を持つ内因性の生物リズム」で,多くの生物種の多彩な生理活性・行動に観察されます。このリズムは,昼夜交替に伴う環境変動を予測して効率よい活動を営んだり,季節変化に伴う日長変化の検知をするといった適応体制の基礎とされています。ですから概日リズムは,生物の時間プログラムや環境適応を理解する上で,大変よい研究材料なのです。農学上・医学上も大きな応用価値があります。この概日リズムをめぐって,今回私がお伝えしたいことは主に三つあります。
    一つ目は,生物時計・概日リズムの基本的特性です。概日リズムは,細胞に存在する概日時計機構(振動発生機構)によって生み出され,様々な活性を制御しています。いっぽう,概日時計は光情報や温度情報を受け取ってリセットや特定の時刻応答を示します。ですから,細胞レベルの概日リズムの基盤は,主として「約24時間周期の振動の発生機構」「環境刺激による時計の時刻会わせ機構」「時計による様々な生理活性調節機構」の三点に集約されます。その基本の上に,時計細胞同士のネットワーク,細胞から行動レベルにいたるさまざまな階層性の問題,季節認識メカニズムなど,さらに興味深い話題が広がっているわけです。

    二つ目は,時計(振動機構)の分子レベルでの研究の展開で,私たちの最近の研究も含めてお話します。私たちは,細胞の概日システムの基本を分子レベル・生理学レベルで出来るだけ効率よく,かつ統合的に理解するために,概日リズムの知られる最も単純な生物,シアノバクテリア(藍色細菌)を用いて研究しています(1)。概日リズムの中枢に関わる遺伝子群kaiABC (2-4)やリズム増幅因子SasA (5),あるいは光受容系因子(6)の同定・解析の道筋や現状をご紹介します。その過程で,いささか複雑でダイナミックな概日システムの多重ループ構造がおぼろげながら姿を現し,同時に新たな興味深い課題や難題も浮かび上がってきました(1, 7, 8)。

    最後に,周辺分野や文化史・社会史的側面から生物時計の研究・概念を見たとき,それがどのような位置を占めうるのか,という一見とりとめのない話(雑談)もしてみたいと思っています。

    1) Iwasaki, H. and Kondo, T. (2000) Plant Cell Physiol. 41: 1013-1020
    2) Ishiura, M., Kutsuna, S. et al. (1998) Science 281: 1519-1523
    3) Iwasaki, H., Taniguchi, Y. et al. (1999) EMBO J. 18:1137-1145
    4) Nishiwaki, T., Iwasaki, H. et al. (2000) brtNAS 97: 4950499
    5) Iwasaki, H., Williams, S, et al. (2000) Cell 101: 223-233
    6) Schmitz, O., Katayama, M. et al. (2000) Science 289: 765-768
    7) 岩崎秀雄・近藤孝男(2001)細胞工学 20: 801-807
    8) 岩崎秀雄(2002)バイオサイエンスとバイオインダストリー 60:225-230

  • オーガナイザー 鈴木 誉保
    (大阪大学大学院 工学研究科 応用生物工学専攻 進化生命システム講座)