SummerSchool 2004 Symposium
「タンパク質のフォールディングと分解」

シンポジウムのテーマ・要旨を掲載致しました。      
last update 04.05.19      

 

 生命科学の諸分野に興味をもっている大学生、日々の実験に邁進している大学院生を中心に、全国の若手研究者が一堂に会する「夏の学校」へようこそ。「夏の学校」の目的はまさに専門分野を異にする研究者との親身な交流です。交流を通じて、自分の研究で見落としがちな視点を発見したり、行き詰まっている実験の突破口が開けるかもしれません。また、「夏の学校」の先輩のなかには研究以外にも大切な友人や運命の恋人と巡り会った方もいらっしゃいます。

 シンポジウムは夏の学校で唯一、メンバー全員が参加する講演会です。全員で共通のテーマを学び、議論することで、さまざまな意見に触れる貴重な場となることを期待しています。

 今年のシンポジウムは「蛋白質のフォールディングと分解」をテーマに蛋白質の一生を演出する細胞内機構に着目し、みなさんと議論していきたいと思います。蛋白質の一生は翻訳に始まり、立体構造を形成(フォールディング)しながら成熟し、膜透過と細胞内輸送によってはたらくべき目的地に到達し、機能を発現し、そして死(分解)を迎えるまでの愛と冒険に満ちた波瀾万丈の生涯です。本シンポジウムではその生涯の「ゆりかごから墓場まで」とはいきませんが、「ゆりかご(フォールディング)」と「墓場(分解)」を4人の講師に熱く語っていただきます。

 

フォールディング
 多様なアミノ酸組成のポリペプチドがどのようにして熱力学的に安定な立体構造に収束していくのでしょうか?遺伝子組換え蛋白質を細胞内で発現させた場合、すべての蛋白質が機能的な分子となるわけではなく、その効率は蛋白質のフォールディングに依存しています。

 リボソームによって翻訳された新生ポリペプチドは、それだけでは機能しないただのヒモのようなものです。蛋白質固有の機能を発揮するにはこのヒモが折りたたまれてユニークで機能的な立体構造であるネイティブ構造を形成する必要があります。遺伝子の発現は、DNAの塩基配列が蛋白質のアミノ酸配列(一次構造)に変換する一義的な文字情報の伝達だけではなく、蛋白質の一次構造が折りたたまれて、まず?ヘリックスや?シートの二次構造を形成し、二次構造が寄り集まってネイティブ構造を形成する複雑な過程も含みます。

 アンフィンセンは、RNaseAを尿素で変性させると、ネイティブ構造がほどけて(アンフォールド)失活するが、透析により尿素を除去すると、ネイティブ構造が再生し、酵素活性が回復することを発見しました。この実験から「蛋白質のアミノ酸配列が立体構造を規定する」というアンフィンセンのドグマが成立しました。

 アンフィンセンのドグマ以後、蛋白質の立体構造もアミノ酸配列から一義的に決まると考えられていましたが、なかには分子シャペロンと呼ばれる蛋白質の助けを借りないとネイティブ構造に折りたたまれない蛋白質や生まれながらにして生理的条件ではネイティブ構造をとらない蛋白質が存在することが明らかになってきました。

 さらに、蛋白質のネイティブ構造が変性したり、まちがったフォールディング(ミスフォールディング)をした構造をとることが原因で、狂牛病やヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病、アルツハイマー病などを引き起こすことがわかり、コンフォメーション病として注目されています。このようなフォールディング研究の最前線を後藤先生にお話していただきます。

 

分解
 せっかく作った蛋白質をどうしてわざわさ壊す必要があるのでしょうか?これは蛋白質の分解の意義を考える上で重要な問題です。

 「共産党宣言」で有名なエンゲルスは「生命は蛋白質の存在様式である。そして、この存在様式は、本質的には、蛋白質の化学成分が不断に自己更新を行うことにある。-(中略)-だから、生命、すなわち蛋白質の存在様式は、なによりもまず、蛋白質が各瞬間にそれ自身でありながら同時に他のものである(反デューリング論)」と述べています。生命活動の中軸を担う物質は蛋白質だけではありませんが、エンゲルスのいう蛋白質の不断の自己更新は蛋白質分解として今世紀の重要な生命科学の一分野になっています。

 細胞内の蛋白質分解は短寿命な蛋白質を標的とするユビキチン・プロテアソーム系と長寿命な蛋白質を標的とするリソソーム/液胞系に大別されます。なかでもユビキチン・プロテアソーム系による蛋白質分解はATPの加水分解によるエネルギーを必要とします。このエネルギーは分解の標的となる蛋白質を急速に、また不可逆的に、さらにタイムリーに選別して分解するために用いられます。

 ユビキチンは真核生物に広く分布し、76アミノ酸残基からなる8.6 kDaの蛋白質で、標的タンパクに鎖状に結合する修飾分子として分解する蛋白質の選別に用いられます。標的タンパクのユビキチン化反応はE1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン連結酵素)、E3(ユビキチンリガーゼ)による一連の酵素群によって行われます。なかでもE3は基質となる標的タンパクと結合するため、分解する蛋白質の特異性を決定する重要な酵素です。

 一方、プロテアソームは50個以上のサブユニットからなる2.5 MDaのシリンダー型プロテアーゼであり、ユビキチンが鎖状に結合した蛋白質を選択的に分解します。その分解機構はプロテアソームのユビキチンレセプターがユビキチン化タンパクを捕捉し、ネイティブ構造の蛋白質をアンフォールドすることでシリンダー内の活性中心まで運び、分解します。

 これらユビキチン修飾酵素群とプロテアソームの連携による蛋白質分解は細胞周期、遺伝子発現の調節、アポトーシス、シグナル伝達、蛋白質の品質管理、内在性抗原のプロセシングなどのさまざまな蛋白質の代謝に関与しています。このシステムが破綻すると、アルツハイマー病やパーキンソン病、ポリグルタミン病などの多くの神経変性疾患を引き起こすことがわかってきています。このような蛋白質分解の研究の最前線を岩井先生、田中先生、中山先生にお話していただきます。

 

■ 田中 啓二 先生
東京都臨床医学総合研究所分子腫瘍学研究部門 部長
■ 岩井 一宏 教授
大阪市立大学大学院医学研究科老年医科学大講座分子制御分野 教授
■ 中山 敬一 先生
九州大学生体防御医学研究所細胞機能制御部門分子発現制御学分野
■ 後藤 祐児 教授
大阪大学蛋白質研究所蛋白質溶液学研究部門 教授

 

 

 

 

 

 講師要旨と共に、講師の先生の紹介文を掲載したpdfファイルをご用意しました。印刷して資料として役立てていただきたく思います。ダウンロードはこちらから(ver.1.1 以前のファイルで中山先生のプロフィールに誤りがありました。お詫びして訂正いたします)

■ 講師要旨 ■

岩井 一宏 先生
大阪市立大学大学院医学研究科老年医科学大講座分子制御分野 教授

ユビキチン修飾系による選択的蛋白質識別メカニズム
 ─酸化蛋白質の識別機構を中心に─

 ユビキチン修飾系は標的蛋白質を識別してユビキチンを付加することにより、標的蛋白質の機能を制御する翻訳後修飾系である。ユビキチン化された蛋白質のほとんどはプロテアソームによる分解へと導かれるが、近年分解のみならず広く細胞機能制御系として機能していることが示されつつある。ユビキチン系が生体制御において重要な役割を担うのは、E3:ユビキチンリガーゼによる適切な時期に状況に応じた選択的な基質識別に依存する。

 鉄はヒトの全ての細胞、ほとんどの生命体に必須な微量元素である。その一方で、鉄は反応性に富んでおり、酸素と反応しフリーラジカルの主たる産生源となるため、その代謝は厳密に制御されている。哺乳類細胞における鉄代謝制御系は鉄代謝に関与する蛋白質であるフェリチンや、トランスフェリン受容体のmRNAの非翻訳領域に存在するIRE (iron responsive element)と,細胞質に存在するIRP (iron regulatory protein)と呼ばれるRNA結合蛋白との特異的な結合による。

 我々は哺乳細胞における鉄代謝の制御因子であるIRP2(iron regulatory protein2)の鉄依存性ユビキチン修飾機構の解析をすすめ、鉄によるIRP2蛋白質の酸化修飾が、選択的なユビキチン修飾のシグナルとなることを示すとともに、酸化修飾を選択的に識別するユビキチンリガーゼ・HOIL-1を同定し、蛋白質の酸化修飾が識別シグナルとなるユビキチン修飾系の分子メカニズムの一端を示してきた。

 本講演ではHOIL-1によるIRP2の選択的識別メカニズムの研究を中心に論じるとともに、HOIL-1リガーゼの役割についても考察したい。

 

田中 啓二 教授
東京都臨床医学総合研究所分子腫瘍学研究部門 部長
ユビキチン代謝系の破綻と神経変性疾患

  21世紀の高齢化社会を迎えて急増しつつあるアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患は発症機構が不明な神経難病である。
 しかし最近、細胞内蛋白質の代謝異常がこれらの疾病の共通の発症機構とする説が有力になってきつつある。その理由は、患者脳内の病変所見で,細胞質や核内に異常蛋白質が凝集した封入体(レビー小体など)の蓄積が頻繁に観察されているからである。蛋白質は誕生から死に至るまでの一生の間に常に異常性を獲得する危険を孕んでいる。それは生合成された蛋白質がフォールディング(折り畳みによる高次構造の形成)やパートナー分子との会合に失敗して不良品になる確率が予想以上に高いこと、そして例え正常にフォールディングして機能蛋白質になっても様々な環境ストレスによる損傷を受けて部分的に変性(アンフォールディング)し機能不全に陥るからである。
 この蛋白質の破綻を阻止するために、細胞には異常蛋白質を修復あるいは破壊してそれらの累積を駆除する装置が準備されている。シャペロンシステムとユビキチン・プロテアソームシステム(UPS)である。分子シャペロンは細胞内蛋白質を手厚く看護してそれらが正常に機能できるように支援する分子群であり,損傷蛋白質の再生装置でもある。他方,もはや修復し難くなった異常蛋白質はUPSの働きで速やかに分解される.このように異常が発生した蛋白質を迅速に検知し適宜に処理するシステム、いわば蛋白質の健康度をモニターする仕組みは「品質管理」と言われている。実際,封入体を形成する多くの蛋白質がユビキチン化されていることから,パーキンソン病などの神経変性疾患がUPSの破綻によって発症する可能性が示唆されている。実際,我々は常染色体劣性若年性パーキンソン病(AR-JP)の原因遺伝子産物ParkinがRING-finger型のユビキチン連結酵素(E3)であることを見出した(1)。この発見からAR-JPがUPSの破綻によって発症することが判明した。 更に、ParkinのN 末端に存在するユビキチンホモロジードメインが、26SプロテアソームのRpn10サブユニットと物理的に会合すること、そしてこの相互作用の破綻によってもAR-JPが発症することを突き止めた(2)。ごく最近我々はParkinの活性を正負に調節する二つの分子を発見した(論文投稿中)。
 このように非分裂細胞であるニューロンにおいては特にUPSによる蛋白質の品質管理が細胞の恒常性維持にとって特に重要であると思われる。
 また我々は、この「蛋白質の品質管理」機構に関与する2種の新奇「E3」を発見した。シャペロン依存型E3であるCHIP(3)とN-結合型糖蛋白質を標的とするSCF Fbs1/Fbs2(4-6)である。さらにごく最近、オートファジー(自食作用)・リソソーム系もユビキチン化蛋白質の分解除去に関係しているという事実を見出した(論文投稿中)。
 本講演では、これらの知見を踏まえて蛋白質の品質管理の破綻と神経変性疾患の発症機構について考察する。

「文献」
1) Shimura, H. et al., Familial Parkinson's disease gene product, parkin, is a ubiquitin-protein ligase. Nature Genet. 25, 302-305 (2000).
2) Sakata, E. et al., Parkin binds the Rpn10 subunit of 26S proteasomes with the ubiquitin-like domain. EMBO Rep. 4, 301-306 (2003).
3) Murata, S. et al., CHIP is a chaperone-dependent E3 ligase that ubiquitylates unfolded protein. EMBO Rep. 2, 1133-1138 (2001).
4) Yoshida, Y. et al., E3 ubiquitin-ligase that recognizes sugar chains. Nature 418, 438-442 (2002).
5) Yoshida, Y. et al. Fbs2 is a new member of the E3 ubiquitin ligase family that recognizes sugar chains. J. Biol. Chem. 278, 43877-43884, (2003).
6) Mizushima, T. et al., Structural basis of sugar-recognizing ubiquitin ligase. Nature Struct. & Mol. Biol. 11, 365-370, (2004)

「参考図書」
実験医学(特集号)"次々と解明されるユビキチンの多彩な役割-タンパク質分解から細胞内輸送・局在の制御まで"2003 年 2 月号 (企画:田中啓二)

実験医学(臨時増刊号)"タンパク質の修飾・分解の新機能に迫る機構:ユビキチン研究の進展と、プロテオリシスによる細胞機能の新たな制御から疾患のかかわりまで"2004年1月号(企画編集:田中啓二,西道隆臣)

 

 

中山 敬一 先生
九州大学生体防御医学研究所細胞機能制御部門分子発現制御学分野

細胞周期と癌と再生と:p27ブレーキの分解による制御機構

 成人において細胞周期に入っている細胞は1%以下の少数の細胞であり、その他大部分の細胞は細胞周期から逸脱して休止状態(G0期)にある。幹細胞は細胞周期に再進入する能力を有するが、最終分化を遂げた神経・心筋細胞は、傷害があってもほとんど再生せず、その組織の欠損は生命の危機に直結する。なぜ分化と共に細胞周期への再進入能力が失われるかという謎に対しては、全くわかっていないのが現状である。

 休止状態(G0期)から細胞周期(G1期)への再進入(G0-G1移行と呼ぶ)は細胞周期のブレーキ分子p27によって妨げられており、これは増殖時にp27が分解されることによって解除される。p27の分解はユビキチン・プロテアソーム系によって行われていることがわかっており、その酵素の主体はユビキチンリガーゼ(E3)であるSCF/Skp2であると信じられてきた。しかしながらわれわれの研究結果は、G0-G1移行期にp27の分解がSCF/Skp2で行われているという広く受け入れられている仮説に対して、いくつかの矛盾を生じている。まずSkp2の発現がp27の分解よりもはるかに遅いこと(時間的矛盾)、Skp2が常時核内に存在するのに対し、p27は核から排出後に細胞質で破壊されること(空間的矛盾)、さらにSkp2ノックアウトマウスにおいてもp27のG0-G1移行期における分解は正常に起こること(遺伝学的矛盾)があり、G0-G1移行期におけるp27の分解はSkp2以外の系によって担われていることが明らかになった。

 われわれはG0-G1移行期におけるp27の分解を引き起こすユビキチン化酵素本体の解明を目指してユビキチン化活性を指標に酵素の生化学的精製を行い、新規ユビキチン化酵素KPCを発見した。KPCはKPC1とKPC2からなる複合体であり、KPC1はC末端にRINGフィンガードメインを有する典型的なユビキチンリガーゼ(E3)である。またKPC2はUBL-UBA-UBA型の分子であり、KPC1とプロテアソームの橋渡しをしている分子であり、ユビキチン化されたp27の効率的な分解輸送に寄与していると思われる。KPC1/KPC2は予想通り、細胞質に局在した。KPC1/KPC2の過剰発現ではp27の分解が促進するのに対し、ドミナントネガティブ変異体の発現ではp27の分解が遅延する。またKPC1のRNAiによってp27の分解は遅延する。これらの結果は、G0-G1移行期においてp27がまず核外へ排出され、そこでKPCによるユビキチン化を受けるが、S-G2期ではp27は核内でSkp2によるユビキチン化を受けることを示している。

 われわれはこのKPCの生物学的な作用を細胞レベル・個体レベルで解析し、その調節機構を明らかにした上で、KPCの活性を促進するような遺伝子治療法または薬剤の探索を行い、細胞周期への再進入を人工的にコントロールする技術を確立することによって、最終的には神経・心筋細胞を、人工的に細胞周期へ再進入させることを目指している。

 

 

後藤 祐児 先生
大阪大学蛋白質研究所蛋白質溶液学研究部門 教授

蛋白質の昼と夜

(はじめに)
 蛋白質の折りたたみには折り紙と似たイメージがある(1)。折り紙が英語でペーパー・フォールディング(paper folding)であるのに対して、蛋白質の折りたたみは、プロテイン・フォールディング(protein folding)と呼ばれる。共に広がった状態がコンパクトになって、ユニークで機能的な立体構造であるネイティブ構造(native structure)ができあがる。大きな違いは、折り紙では同じ一枚の紙からいろいろな形を折ることができるが、蛋白質の折り紙では、それぞれの蛋白質のアミノ酸の配列(一次構造)は異なり、ネイティブ構造も異なる点である。そして、一次構造が決まれば立体構造も決まると考えられてきた。このような概念は、それを提唱した研究者の名前にちなみ、"アンフィンゼン(Anfinsen)のドグマ"と呼ばれている。このドグマに従うと、遺伝子配列が決まれば蛋白質の一次構造は決まり、立体構造も一義的に決まる。
 ヒトゲノムの大枠が決まり、ポストゲノムが議論される。蛋白質研究はその中心であり、なかでも構造ゲノミクスが脚光を浴びている。構造ゲノミクスでは蛋白質立体構造を全体として明らかにし、機能研究の基盤をつくろうとする。それを支える基本原理がアンフィンゼンのドグマである。ところが近年、アンフィンゼンのドグマに従わない蛋白質が数多く存在することが明らかになってある(2, 3)。


 図1.蛋白質の昼の世界:9種類のスーパーフォールド


1.蛋白質の百花繚乱
 蛋白質には約1000種類程度のフォールドがあると考えられている。特にさまざまなな蛋白質で頻繁で出現するものはスーパーフォールドとよばれている(図1)。スーパーフォールドに示されるような蛋白質の立体構造を見ていると、まるで美しい花の図鑑をながめているようなイメージをもつ。多彩な蛋白質の立体構造から"百花繚乱"ということばが思い浮かぶ。

2.ミスフォールディング
 ネイティブ構造が変性したり、まちがってフォールディング(ミスフォールディング)した構造をとることが原因で病気が引き起こされる例が多く見つかり、フォールディング病(folding disease)として注目されている。これらの中には蛋白質が幅10 nmで枝分かれのない線維構造をつくって体内に沈着している例が多くある。これをアミロイド線維と呼び、アミロイド線維の沈着する疾患の総称をアミロイドーシスという。約20種類のタンパク質あるいはペプチドとそれの関わる疾患が知られている。

3.透析アミロイドーシス
 具体的な例として著者たちが研究を行なっているβ2ミクログロブリンを例にとって、アミロイド線維を紹介しよう(2)。10年以上の長期血液透析患者の多くに手根管症候群と呼ばれる肩や手首の痛みや運動障害を伴う症状があらわれる。原因はβ2ミクログロブリンが形成するアミロイド線維の沈着である。本来、クラスI主要組織適合性抗原の一成分であるβ2ミクログロブリンは定常的に代謝され、腎臓の尿細管細胞で分解される。血液透析患者ではこの分解ができず、さらに血液透析で除去できないため、β2ミクログロブリンの血中濃度が50 mg/L程度に上昇する。この状態が10年以上続くと、多くの患者でβ2ミクログロブリンはアミロイド線維となって沈着する。
 β2ミクログロブリンは一旦、変性した後、形を変えて(ミスフォールディングして)アミロイド線維を形成していると考えられている。筆者たちは核磁気共鳴を用いた構造研究から、天然構造が一旦ほどけた後、広範囲にわたる水素結合ネットワークが形成されて、極めて剛直で安定なアミロイド線維構造ができあがっていることを提案した(4-6)。


図2.蛋白質の夜の世界:アミロイド線維のさまざまな形態

4.蛋白質の陰翳礼讃
 アミロイド線維の一般的な特徴は均質な針状構造であるが、詳細は各アミロイド線維によって異なる。また、β2ミクログロブリンの例からもわかるように、同じ蛋白質がさまざまな繊維状構造をとることができる。これらを並べてみると、天然構造が多様であるように、アミロイド線維も多様であることがわかる(図2)。
 これまで私たちが注目してきたのは蛋白質の機能と直結した華やかな表の世界であり、アミロイド線維は裏の世界の蛋白質の姿である。アミロイド線維は、夜に咲いた蛋白質の花である。表の世界が百花繚乱であるならば、蛋白質の暗い夜の世界にうごめくさまざまな姿は"蛋白質の百鬼夜行"とでもいうのであろうか。しかしながら、アミロイド線維のさまざまな形をじっと眺めていると、それはそれで大変美しい。谷崎潤一郎のエッセイに"陰翳礼讃"(いんえいらいさん)というのがある。谷崎は陰や闇の中に浮かび上がるほのかな陰影やあざやかさが日本美の原点であると考えた。アミロイド線維の世界は、今は病気と関係する面がクローズアップされている。しかし、アミロイド線維が悪者で終わってしまうとは思いたくない。アミロイド線維はナノテクノロジーの素子として実に興味深い。一寸法師の針の剣を鞘に納めて、必要なときだけ剣を抜くことができれば、ナノテクノロジーの強力な武器になる。これまで知らなかった蛋白質の夜の世界には、"蛋白質の陰翳礼讃"がぴったりではないだろうか。

(おわりに)
蛋白質の昼と夜という見方をすると、今後の蛋白質研究の方向性が見えてくる。これまでの蛋白質の構造研究は蛋白質の昼の世界を対象としてきた。蛋白質に夜の世界があり、そこでの構造が病気と重要な関わりのあること、しかしながら、将来はそれらを利用できるかも知れないことを認識すると、夜の世界の蛋白質(アミロイド線維や変性した蛋白質)の構造を研究することは、華やかなネイティブ構造を決めることと同じように重要である。

謝辞
本研究は、星野大(阪大・蛋白研)、内木宏延、長谷川一浩(福井医科大)各氏との共同研究です。

文献
1. 後藤祐児・谷澤克行 (2000) タンパク質の分子設計(後藤・谷澤編),pp. 1-35,共立出版.
2. 後藤祐児・星野大 (2002) 蛋白質核酸酵素 47, 663-669.
3. 後藤祐児 (2003) 実験医学 21,898-902.
4. Hoshino, M., Katou, H., Hagihara, Y., Hasegawa, K., Naiki, H. & Goto, Y. (2002) Nature Struct. Biol. 9, 332-336.
5. Katou, H., Kanno, T., Hoshino, M., Hagihara, Y., Tanaka, H., Kawai, T., Hasegawa, K., Naiki, H. & Goto, Y. (2002) Protein Sci. 11, 2218-2229.
6. Yamaguchi, K., Katou, H., Hoshino, M., Hasegawa, K., Naiki, H. & Goto, Y. (2004) J. Mol. Biol. 338, 559-571.



 

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