「がん研究の歴史と21世紀へ向けての展望」
東京大学医科学研究所 渋谷 正史
がん研究は分子生物学の発展とともに、この30年で極めて大きく進歩した。その結果、がんの発生と進展のメカニズムについて、およそその半分程度は遺伝子レベルで語ることが出来るようになりつつある。
歴史的にみると、1970年代前半までは化学発がん研究が盛んであったが、細胞 内の変化については全く不明であったと言ってよい。その細胞内のシグナルの
問題が、がんウイルスを手がかりにしたがん遺伝子の発見や、ヒトの高発がん 家系研究を基としたがん抑制遺伝子の発見により、かなり解かれはじめている
。これらの遺伝子群の作用を研究する中から、がん細胞のみならず正常細胞に おける細胞内シグナル伝達の研究も飛躍的に進歩した。
しかし、がん細胞内に生じたこれらの遺伝子変化のみでは、患者の個体レベル における発がん機構を十分理解したことにはならない。個体レベルの問題とし
て、がん細胞の浸潤や転移、腫瘍血管形成などが挙げられる。これらについて も、現在世界中で遺伝子レベルの研究が行われ、重要かつ生物学的にも極めて
興味ある事実が次々に明らかになりつつある。21世紀には、これらにゲノム 情報が加わり、がん研究はより総合的に発展することが期待される。また、こ
のようにがんを深く理解することは、より効果的な制がん剤の開発を著しく促 進するものと考えられる。今回のシンポジウムでは、私自身の経験を踏まえつ
つ、がん研究の歴史と今後の展望を議論したい。
略歴
渋 谷 正 史 SHIBUYA Masabumi
勤務先: 東京大学医科学研究所、腫瘍抑制分野
(旧・細胞遺伝学研究部)教授
108-8639 東京都港区白金台4−6−1
昭和45年3月 東大医学部医学科卒
昭和45年ー48年 東大病院第三内科などで臨床研修
昭和48年ー51年 東大医科研、化学研究部(上代淑人教授)
大腸菌の遺伝子発現調節機構を研究
昭和51年7月 東大医科研、化学研究部助手
昭和54年9月 米国ロックフェラー大学、花房秀三郎
教授のもとへ留学、
RNA腫瘍ウイルス、がん遺伝子を研究
昭和57年9月 帰国、東大医科研、細胞遺伝学研究部助教授、
平成2年12月 同 教授
がん関連遺伝子群、プロテインキナーゼ群、
血管内皮増殖因子と受容体などを研究
主な仕事:藤浪肉腫ウイルスのがん遺伝子fpsを初めて単離した。ヒト脳腫瘍 におけるEGF受容体の質的異常を初めて明らかにした。また、内皮細胞特異的 な受容体キナーゼflt-1(VEGF受容体-1)を最初に単離し、その血管新生・維持 における重要性を示した。