ゲノム創薬科学と薬理ゲノミクス
三重大学医学部薬理学教室、麻酔学教室*
田中利男、西村有平、角田宏、中充子、丸山一男*、天野誉*
2000年6月26日にヒトゲノムドラフトシークエンス解析の完了が宣言されてから世紀を越えて、2001年2月15(Nature)、16日 (Science)にその詳細が公表された(1,2)。その結果、本当の意味でのポストゲノムシークエンス(機能ゲノム研究)時代がスタートした(3)。言うまでもなく、このヒトゲノムシークエンス情報を基盤にして新しい機能ゲノミクスが構築されつつある。薬理ゲノミクス(Pharmacogenomics)は、この機能ゲノミクスにより初めて可能になることから、現在の展開は熾烈さを極めている。一方、これらの報告からヒトゲノム上に暫定的に約4万以下の遺伝子しか認められないことが明らかになり、転写・翻訳・翻訳後における調節機構の重要性が、再確認された。すなわち、創薬ターゲットバリデーション研究は4万種類の遺伝子から発現し、修飾される多数の分子種を識別する必要性が高まってきた。ゲノム創薬科学は、最終目的として未解決のヒト病態に有効な新規治療薬を創製することにあるが、この目的自体は長い創薬の歴史の中でも大きくは変化していない(4)。一方、創薬は現在までの非常に長い試行錯誤の歴史から、人類はわずか483種類の医薬品ターゲット分子種しか獲得してこなかった。精密なゲノム地図が完成した今世紀には、人類史上始めて経験する、想像もできない速度での創薬ターゲット発見/バリデーションが成し遂げられることが期待されている(5)。
前世紀には、1953年から勃興したとされる分子生物学が医学・生物学に広く深い影響を与えた。その分子生物学の核心である分子還元主義が、医学において見事に開花し、最大の果実となったのは数多くの単一遺伝子疾患の原因遺伝子解明である。しかしながら、この分子の言葉で生命を語ることを可能にした分子生物学は、人類に残された多因子疾患の病態解明や新しい治療法開発には必ずしも有効ではなかった。そこで、1990年国際的に組織されたヒトゲノムプロジェクトは当初の予定より早く推移し2001年2月にはヒトゲノムドラフトシークエンス(91?95%)が出版された(1,2)。この時点で、分子生物学の分子還元主義は、ゲノムサイエンスの包括的なシステム医学・生物学へパラダイムシフトを起こしている。しかしながら、この変化の速度は過去のサイエンスが経験したことのない早さであるため、薬理ゲノミクスの主な対象である多因子疾患に対する研究戦略は確定していないのが現状である。しかし、世界の研究者の関心が少なくとも構造(塩基配列)から機能ゲノミクス(functional
genomics) へ移行していることは確実である。さらに、ゲノム創薬の中心的基盤となる薬理ゲノミクスが、現在国際的にも爆発的発展をしている。すなわち、機能ゲノミクスの研究戦略や成果を基盤に、創薬という明確な目的指向型の戦略的科学の一つとして薬理ゲノミクスが展開している。今回は、この薬理ゲノミクスの中心課題のひとつである創薬ターゲットバリデーションについて、我々の最新研究成果(6,7,8)を中心にバイオインフォティクスやファルマインフォマティクスの役割についても解説を試みる。
(1)Nature 409, 860-921(2001), (2)Science 291, 1304-1351(2001),
(3)ゲノム機能研究プロトコール、羊土社(2000), (4)21世紀の創薬科学、共立出版、37-54(1998)、(5)蛋白質核酸酵素、45(6)805-810(2000)、
(6) J. Biol. Chem. (2001) in press (7) J. Clin. Invest. 104:
59-66 (1999), (8)ゲノム創薬-創薬のパラダイムシフト、中山書店、54-67(2001)